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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode29

悪役令嬢、天才vs天才の頭脳バトルに挑む。

「出撃! いくよ、ボクのギデオン!!」


 少年がそう叫ぶと、激しい地響きとともに鉄製の床が横に開き、そこから巨大な人型の機械が姿を現した。


「どうだい? これはボクの最高傑作、鋼鉄の巨神ギデオンさ。全長20メートル、総重量77トン。装甲はオルハリコンとミスリルを合成した特殊合金。出力53万馬力。最高速度は時速400キロ。右の5本の指には『WSCバルカン地獄改』を内蔵。左手はダイアモンドも砕く『イグナシオン超合金製ドリルアーム』。さらに膝からは『インフェルノミサイルver.666改』を射出可能。背中にはアイアンゴーレムをも一刀両断する『ハイパービームセイバー』を装着。近接戦闘から遠隔攻撃までこなす無敵のロボットさ」


 こ、これは……!

 とても欲しい。是が非でも手に入れたい。何が何でもワタクシのものにしたい。


「さあ、勝負だよ、お姉さん。ボクが勝ったら、ボクのママになってもらうからね」


 さっきからママ、ママって……それ何の罰ゲーム?

 天才とはいえ、まだまだ母親が恋しい年頃。それに加えて、彼は生前とても過酷な人生を生きてきたらしい。おそらく母親の愛情を知ることなく生きてきたのだろう。

 彼の境遇には心から同情する。同情はするがママは嫌だ。絶っっっ対に嫌だ。ワタクシをここまで精神的に追い詰めるなんて……恐ろしい子!


「顔が青いよ、お姉さん。ふふっ、けど無理もないよね。この鋼鉄の巨神ギデオンを前にしたら、伝説の邪神でも逃げ出すだろうからね。さあ、もう降参かい? だとしたら不戦勝ということでボクのママになってもらうよ」


 どうやら少年はすでに勝利を確信しているらしい。

 自身の英知と最新の科学技術・魔法技術の粋を集めた最高傑作が負けるはずがない。そう思っているのだろう。


「姐さん! いくらなんでも、コイツにゃ勝てねえ。悔しいだろうが、ここは撤退だ!」


「参謀の立場からも一言言わせていただきたい。一刻も早く逃げましょう」


 シュワルツもエリトも逃げの一手か。


「「「賛成!」」」


 三人組は聞くまでもなく撤退に三票を投じた。というか、すでにジリジリと後退しはじめている。

 ネコタローとスイーティアも初めて目にする脅威に不安を隠せない様子だ。我々が生きていた人間世界では想像もしなかった鉄の巨人が立ちはだかっているのだ。怯えるのも無理ない。

 いつもの戦い方では不利だろう。ダークアローはもとよりメテオですら弾き返すであろう装甲。増殖+狂戦士化もアリが象に挑むようなものでMPの無駄遣いでしかない。天才少年のことだからマグネチートやグラビティ・ヘルへの対策も万全に違いない。

 この戦いは『知』の超ド級の称号を賭けた天才vs天才の頭脳バトルなのだ。力で押し切って勝てる戦いではない。


「落ち着きなさい、貴方たち。心配無用ですわ。この戦いの勝利の鍵を握っているのは武力ではなく、知力ですのよ」


 家来一同、はっとした表情でワタクシを見る。

 どうやらこの戦いの本質にようやく気がついたようだ。


「……ということは、ご主人様に勝ち目はない! 逃げろー! ひゃっはー!!」


 おい。ちょっと失礼じゃないかい?

 しかし、ヒャッハーの悲鳴同然の叫びにあわせて家来一同は大混乱。

 自分のしっぽをくわえようとクルクル回転するネコタロー。砂糖と塩を間違えてお菓子を作り始めるスイーティア。なんとか勝利の方程式を算出しようと九九を始めるエリト……などなど、完全にパニック状態に陥っている。


 やれやれ、仕方ありませんわね。

 信頼は行動で示すもの。口で言っても伝わらないことは、行動に起こすしかない。

 こうなったらエーデルシュタイン王国が全宇宙に誇るワタクシの英知をご覧に入れて差し上げましょう。


「いにしえの闇に眠る巨大なる魂よ、我が身に宿れ。ギガンテス」


 ワタクシが呪文を唱え終えると、みるみるうちに周囲の風景が変わっていく。けれども、それは錯覚で、周囲の風景が変わったのではなく、ワタクシのサイズが大幅に変わったのだ。

 今やネズミ程度のサイズとなった家来たちを見下ろし、先程まで見上げていた鋼鉄の巨神より頭ひとつ上の高さになった。そう、ワタクシは巨大化したのだ。


 巨大化の闇魔法、ギガンテス。

 メテオと同じく禁呪とされているが、そんな他人が決めたルールはワタクシには通用しない。

 この魔法が優れているのは、ただ肉体を一時的に巨大化するだけではなく、ちゃんと身に着けている衣服も一緒に巨大化してくれる点だ。もし、肉体だけが巨大化したら早々に衣服は破け、一糸まとわぬ裸ん坊バンザイを世間にお披露目する羽目になってしまう。そんなことになれば、もうお嫁にいけない。


「ば、馬鹿な……! 無茶苦茶だ! ふざけてる!! こんなのボクのママじゃない!!」


 あら、ラッキーですわ。

 どうやらママになるルートは回避できたようだ。これで精神的負荷から解放された。

 大きさという点においては五分と五分以上。とはいえ、いくら巨大化しようとも乙女の柔肌と鋼鉄の機体では戦いにならない。ゆえに更にもう一手、頭脳プレーが求められる。

 この戦いが知の頂上決戦であることを忘れてはいけない。知を制する者が戦いを制する。キラリと煌めくワタクシの知性の冴えを見せて差し上げますわ。

 巨大化闇魔法ギガンテスからの~~~……


「冥界におわす魔獣を統べし暗黒竜の王に告ぐ。今こそかの約束を果たす刻なり。ドラゴニアン」


 この魔法、本当はあまり好きじゃないんだけれど……。何が嫌かって、美しくないから。エレガントじゃないから。


「ド、ド、ドラゴンに変身した!!!?」


 少年の驚きは当然だ。美しさとエレガントさの塊のようなワタクシが突如として禍々しい暗黒竜へと変身してしまったのだから。

 闇魔法ドラゴニアン。

 モンスターの頂点に立つドラゴンの中でも、最も邪悪で凶暴な暗黒竜に変身する魔法だ。もちろん禁呪である。

 先程から足元で何やら家来たちがしゃべっているようだが、この高さからではよく聞き取れない。まあ、きっとワタクシの頭脳プレーに惜しみない賛辞を並べているのだろう。


「俺たちの姐さんって、やっぱ人間じゃなかったんだな。本当は暗黒竜だったのか。それなら、姉さんのバケモノじみた強さにも納得だぜ」


「ち、ちがいますよ? ああ見えて、お嬢様は一応人間なんですよ? たぶん……。きっと……。だといいな…………」