キマイラ文庫

魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第4話

『Nightmare(悪夢)』<13>

「危ない、捜査官殿!!」


 アルペジオの声が無かったら、僕は身動きが取れないままだっただろう。

 言葉になっていない、わけのわからない奇声を発しながら僕に向かって一直線に向かってきた女をかろうじて回避する。その手には突き立てた包丁があった。

 あのまま動けなかったら、腹部に包丁が刺さっていたところだ。そしたら……。


「何しやがんだ、てめぇ!!」


 ローリングサンダーの怒声が響く。

 しかし、女は包丁を握ったまま動じる様子はない。ゆっくりと振り向いて再び僕を見つめる。そこにはむき出しの敵意と狂気があった。


「ま、待ってください! 僕たちは警察です! 安心してください!」


 警察だと名乗っても反応がない。聞こえていないはずがないに、僕に向けた敵意を引っ込めるつもりがまるでない。


「風馬はん。この女、B国の工作員とちゃいますか? だって、そうでっしゃろ? あれだけの人間が殺されてたのにこの女だけが生き延びてるっちゅうのは、どう考えても不自然でっせ」


「っていうか、この女があの死体の山を作った張本人なんじゃねえのか?」


「……だとすると、この女性はB国の魔法使いである可能性が高いですね。どうします、捜査官殿?」


 B国の工作員で、大量殺戮をおこなった魔法使い。だけど、それはあくまで可能性であって、事件に巻き込まれた日本国民である可能性が完全になくなったわけではない。

 先程から恐怖と混乱で頭が回らない。正常な判断ができそうにない。


「捜査官から管制官へ連絡。生存者の女性はB国の魔法使いである可能性があります。しかし、確証がありません。管制官のご意見をお聞かせ願います」


「管制官から捜査官へ連絡。対象が魔法使いである可能性はない。キミの周辺にある魔力反応はアルペジオ、ミスター、ローリングサンダーのものだけよ」


 魔力反応がない?

 あの轟管制官が間違うはずないとわかっていても、包丁を握り締めたままの女にオラクルをかざす。

 ……確かに魔力反応は0だ。

 ということは魔法使いじゃない。ただの人間だ。


「わかっているとは思うけど、魔力反応のない人間に対して魔法を行使することはできないわよ」


 管制官の言う通り、魔力を持たない人間に対する魔法攻撃は、いかなる状況下においても法律で固く禁じられている。

 相手が武器を所持した凶悪犯であったとしても、魔力反応が0なら魔法を使用することはできない。ここまで厳しく魔法の使用を制限しているのは世界広しといえど日本だけだ。自由の国アメリカなどは凶悪犯に対して容赦なく魔法を使用する。そんなよその国を日本国民の多くは「治安の悪い国だから」で片づけ、「日本は治安がいいから魔法なんて使用する必要がない」と誇らしくさえ思っている。

 凶悪犯を制圧するのに拳銃の使用すら批判的な日本において、魔法を使用するなんてもってのほか。僕の後ろには優秀な魔法使いが3人もいるというのに、これでは宝の持ち腐れというものだ。

 この法律は「魔力を持たない人間に対する魔法攻撃を禁ずる」という点がミソで、回復や補助の使用は推奨されていないものの、厳密には禁止されていない。魔法を徹底的に日本の法律がなぜこのようなグレーゾーンを許しているのかというと、それは例えばお偉いさんが銃撃され瀕死のときに魔法による回復で命が救われるかもしれないからだ。

 執拗なまでに魔法の使用を規制する一方で、自分たちの身の安全を守るために、あらかじめ法の抜け道を用意しておいたというわけだ。自己保身もここまで来ると立派なものだ。

 でも、そのおかげで前回の事件では管制官の姪御さんの命を救うこともできたのも事実。権力者が作り出した法の抜け道を利用した形だ。


 まあ、文句を言っていても始まらない。

 この女を何とかしなければならない。次は保護するなり、確保するなりすると見栄を切ってしまった。今更後悔しても後の祭り。言った以上やるのが男の子。そして僕は男の子だ。いいとも。やってやるとも。


 覚悟半分、ヤケクソ半分で腹を決めて、女に対して半身の姿勢を取る。

 女の右手で鈍く光っている包丁がいつ襲い掛かってくるかわからない。

 すり足でゆっくりと距離を縮める。


「捜査官殿。お気をつけて」


 アルペジオの声を背中に受ける。僕は一人じゃない。ほんの少し勇気が湧いてくる。


「がんばって、ダーリン」


 やめてくれ。腰が砕けそうになる。


 少しずつ、少しずつ、にじり寄って女との距離を詰める。

 包丁を警戒しつつも、女から目を離さない。

 女の瞳は、血で濁っているせいか、それとも何かの病気なのか、相変わらず白目がない。どこを見ているのかわからない。何よりも気味が悪い。


 歯が見える。歯も赤い。おそらく血だろう。自分の血なのか、それとも……。

 女は笑っていた。何がおかしいのか。

 不意に女が背中を見せたかと思うと、狂ったように笑いながら走り去っていった。

 一体、何だったんだ……?

 あの女、何がしたいのだ? まったく訳が分からない。

 しかし、とにかく脅威は去った。

 心の底からホッとする。安堵のため息をつく。後ろにいる3人も安心していることだろう。


「……ははは。よくわからないけど、逃げちゃいましたね」


 努めて明るく3人の仲間のほうを振り向く。

 3人も肩をなでおろし、僕の笑顔につられて笑う。

 ん?

 笑う3人の魔法使いの背後で何かが動いたような気がする。

 目を凝らして見ると、メラメラと燃え盛る炎のような瘴気をまとった影がゆっくりと近づいてくるのがわかる。

 CODEレッドだ。

 一難去ってまた一難。


 Oh……神よ。

 勘弁してくれ給え。