魔法捜査官
喜多山 浪漫
第5話
あるいは幕間狂言『G――黒いアイツ』<3>
魔法で戦うか、拳銃を取りに行って戦うか、死を覚悟して素手で戦うか。
できれば、どれも選びたくないが、そうもいかない。このまま座して待っていれば、確実な死が訪れるのだから。
拳銃を取りに行けば、アルペジオが一人になってしまう。その間に大切な相棒が犠牲になったりしたら僕は生きていられない。
死を覚悟して素手で戦うという手段は、無謀、蛮勇の類だ。うっかり着衣の中に入り込まれでもしたら体内に侵入され、臓腑をむさぼられることになる。口から入り込まれた場合は、体内に無数に卵を産み付けられて、内側から幼虫に喰い破られる運命が待っている。何とか叩き殺したとしても酸性の血液を浴びれば、僕の手も顔もドロドロになって溶けてしまう。
やはり、ここは万に一つの幸運に賭けて、魔法で挑むしかない。
念には念を入れて、この魔法犯罪捜査係の室内全体を焼き払ってしまおう。
そう決断し、オラクルを手にしたとき、廊下から足音が聞こえてきた。
バンッと強い力で扉が開かれる。
「大丈夫、風馬くん!!?」
息を切らしながら入ってきたのは、管制官・轟響子女史だった。
続いて、頭をぶつけないようにしながら黒い蛸入道のような魔法使いミスターが現れる。
「風馬はん、鏑木のやつが現れよったって聞きましたでぇ!」
二人とも僕たちの危機を知って、駆け付けてくれたのか。
なんと頼もしく、ありがたいのだ。仲間の絆に心の底から感謝する。
「鏑木ぃ! ええ度胸やないかい、ワレぇ! ワテの魔法でシバキ倒したるさかい、とっとと出てこんかい!!」
あの、ミスターさん? 威勢がいいのは大変結構なんですけど、アンタ、回復魔法と補助魔法しか使えないじゃん。どうやって魔法でシバキ倒すの?
と、まあそんなツッコミはさておき、まずは二人の誤解を解かねばなるまい。
「管制官。ミスターさん。敵は鏑木ではありません」
「なんですって?」
轟管制官の理知的で端正な顔が怪訝そうに歪む。
「捜査官殿のおっしゃる通りです。しかし、ある意味、鏑木よりも危険な相手です。この部屋に足を踏み入れた以上、すでにあなた方もやつのターゲット……くれぐれも用心してください」
アルペジオの言葉にミスターが不思議そうに頭を傾げる。
「あのー、アルペジオはん? それは一体どうことでんねん?」
「そうよ。風馬くんからの連絡では鏑木が現れたと──」
尋問に近い口調で、管制官が僕に詰め寄る。
その管制官の背後に一瞬、黒い影が走った。
「管制官! う、後ろ!!」
いきなり大声を上げて指さす僕に反応して、管制官とミスターが振り向く。
そこには、あの黒光りするやつが獲物に飛びかかろうと、漆黒の翼を羽ばたかせながら空中でホバリングしていた。
「「きゃああああああぁぁあああああああぁあああああぁあああああああぁああああああぁあああああぁああああ!!!!?」」
二人が女のような悲鳴を上げる。
いや、轟管制官は女性だから別にいいのだ。
けど、ミスター。アンタまで「きゃあ」て。まあ、気持ちはわからなくもないけれど。
とっさに考えるよりも先に身体が動いていた。
轟管制官に向かって一直線に襲い掛かって来たGを、間一髪かばって床に突っ伏す。
……ふう。
なんとか、かろうじて死神の一撃をかわすことができた。
しかし、気がつけば仰向けになって床に倒れた管制官を、僕が押し倒して覆いかぶさった態勢になっている。
「あ、ん……」
痛いのか苦しいのか、管制官が悩ましげな吐息を発する。
やばい。この態勢は、とても良くない。
なぜ、かくも危険な状態が重なるのだ。今日は仏滅で大凶の天中殺なのか?
「ほほう、捜査官殿。ローリングサンダーのお次は管制官殿がターゲットですか? この緊急事態にお盛んなことですなー。ははは」
アルペジオが、まるで生ゴミを見るような生暖かいまなざしで僕を蔑んでいる。
「ワテらの命を握ってるっちゅうても過言やない管制官を、朝っぱらから人目も憚らずに押し倒すとは……。風馬はん。あんさんほどの命知らずは他に知りまへんわー」
ミスターが太陽のような笑顔で白い歯を見せながら、ぐっと親指を突き上げサムズアップする。
「ち、違います! 誤解ですよ! これはですね───」
「緊急回避のため、やむを得ず。……そういうことにしておいてあげるから、早くどきなさい。重くて仕方ないわ」
下から聞こえた声に目をやると、気まずそうに僕から目をそらす乙女――もとい轟管制官の顔があった。
口では努めて冷静を装っているが、顔が真っ赤だ。鉄の女にも案外可愛いところがある。……なんて口にしたら殺されそうだから、キュッとお口にチャックをする。
管制官が立ち上がって、何事もなかったかのように姿勢を正す。
「風馬捜査官! 魔法の使用を許可する! 可及的速やかに魔法生命体(ゴーレム)を排除しなさい!!」
へ?
何を言い出すんだ、この人は。
「ゴ、魔法生命体(ゴーレム)……ですか?」
「そうよ、あれは魔法生命体(ゴーレム)よ! 鏑木が生み出した魔法生命体(ゴーレム)に違いないわ! そうよ、そうに決まっている!!」
その瞳には、いつしか狂気が宿っていた。もはや何を言っても無駄か。
それにこの危機を乗り切るには、確かに魔法を使用するしかない。
「使用者・魔法使いアルペジオおよび魔法使いミスター! 魔法使用制限……なし!!」
「了解です。魔法使用制限なし。魔法使いアルペジオおよび魔法使いミスターのグリムロックを解除――」
ん?
ちょっと待て。
今、管制官は何て言った……?
「……え? ええええええっ!? 使用制限なし!? なしですか!?!? 今まであれだけ制限してきたのに!!?!!?」
………………………………。
しばしの沈黙。
轟管制官が一つ深呼吸をする。それから咳払いをして、
「……今のはあなたの聞き間違いよ。魔法使用制限解除LV10」
いやいやいやいや。
絶対に僕の聞き間違いなんかじゃない。
僕が聞き咎めなかったら、あのまま使用制限なしでグリムロックを解除していたところだ。
あの鉄の女がここまで動揺するとは。
この空間はすでに修羅場。ともすれば阿鼻叫喚の地獄と化す。もはや尋常ではないのだ。
「今度こそ了解です。魔法使用制限解除LV10。魔法使いアルペジオおよび魔法使いミスターのグリムロックを解除します」
「攻撃開始! 今すぐ、ヤツをこの世から消滅させるのよ!!」