キマイラ文庫

魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第4話

『Nightmare(悪夢)』<20>

 あれから二日後の朝――

 一日の休暇を挟んでの出勤。見慣れたはずの警視庁庁舎が心なしか懐かしく感じる。

 膝、太もも、ふくらはぎ、背中、臀部とあちこち筋肉痛だが、動けないほどではない。たった一日ではあるものの、こちとら花の独身。暇に任せてひたすら眠り倒したおかげで随分と回復した。

 と言っても睡眠の質は低く、案の定、見たのはロクでもない悪夢だった。仕方なく質より量を稼ぐために、貴重な休暇の大半をベッドの中で過ごす羽目になった。


 地下5階。警視庁刑事部捜査一課魔法犯罪捜査係にあてがわれた一室に入ると、テレビの前に人だかりができていた。何だか既視感がある。デ・ジャヴというやつかな?

 真剣な面持ちでテレビ画面を見つめているのは、竜崎係長、アルペジオ、ミスター、ローリングサンダー。三人の魔法使いは椅子に腰かけるでも、机を支えにして立つでもなく、しっかり自分の両足で立っている。ローリングサンダーはともかく、てっきりアルペジオとミスターは筋肉痛で動けないと思っていただけに意外だ。高レベルの魔法使いには自動回復の機能でも付いているだろうか。


 しかし、何事だろう?

 もしかすると、あの洋館での大量殺戮がついに報道されたのかもしれない。

 昨日の時点では何も発表がなかったから気になっていたのだ。

 まあ事が事だけに、昨日の今日で発表というわけにはいなかったのはよくわかる。

 ようやく発表にこぎつけたのであれば、他人事じゃない。事件を見届けた関係者の一人として、どのような形で世間につまびらかにされるのか、この目で確かめておきたい。


「あ、捜査官殿。お疲れ様です」


 アルペジオが僕に気づき、笑顔で挨拶を交わす。


「おはようございます、アルペジオさん。何のニュースですか?」


「まあ、これをご覧になってください」


 いつもの飄々とした表情からは何も読み取れないが、口元には少々自虐めいた笑みが浮かんでいるので、あまりよくないニュースなのだろう。

 ざわめく心をなだめつつ、テレビ画面に目を移すと、そこには「カルト教団 集団自殺事件か?」と書かれたテロップが画面右上に表示されている。

 何だ、別の事件か。

 カルト教団の集団自殺事件だなんて朝から胸の悪くなるニュースだ。


 んん?

 画面には見覚えのある洋館が映し出されている。忘れもしない、あの場所だ。

 洋館の前ではリポーターが険しい表情で事件概要を口にしているが、内容がちっとも頭に入って来ない。

 どういうことだ?

 カルト教団の集団自殺?

 何を言っているのだ。あれはB国が関わったとみられる大量虐殺だ。

 事実とまるで違う報道が、当然のようになされている現実に頭がくらくらする。

 事件が完全に捏造されている。

 日本政府の指示によるものか。それともB国に買収されたメディアによる捏造か。どちらにしてもロクでもない。

 これが今の日本の現実か。

 真実を国民に伝えずして、何がマスメディアだ。本城が殉職したときにはあれだけ騒ぎ立てて、魔法の有害性を喧伝したくせに。国民に真実を知らせる使命とやらを盾に、被害者遺族の気持ちやプライベートなどお構いなしに突撃取材していたくせに。何が使命だ、聞いて呆れる。

 「報道の自由」がある一方で、近年では「報道しない自由」とやらが堂々と振りかざされている。要するに報道するもしないもマスコミが決めるわけだ。ご都合主義もいいところである。こんな体たらくだ。日本の報道の自由が世界水準で60位程度だという統計は、あながち間違いではないのだろう。


「どういうことなんですか、係長!?」


 沸々と湧き上がってくる怒りのせいで、思ったよりも大きな声が出てしまう。

 ミスターとローリングサンダーが驚いた目で振り返るが、竜崎係長は動じる様子もなく至って冷静に言葉を紡ぐ。


「この件に関しては刑事部長から箝口令が出ている。不用意な発言があった場合……いや、その疑いが生じただけでも、お前たちは警察にいられなくなると思え。いいな。間違っても余計なことを口走るんじゃないぞ」


 静かだが、重く響く声。これは脅しなんかじゃない。本気だ。

 猛禽のように鋭い瞳が僕を睨みつけている。

 後ろから「やっぱりカッコいい~ん」と小声で囁くローリングサンダーの声が聞こえてきたが、どこが? これのどこがカッコいいの? こんなの、もうヤクザじゃん。


「脅し、ですか……?」


「いや、ただの事実だ」


 事実なら、なおさら怖いんですけど……。

 だが、単なる脅しではないのは間違いない。アルペジオクラスの魔法使いともなると、その存在自体が兵器のようなものだ。お偉い方からすれば、体内に爆弾を抱えているのと同じだし、敵に回せば対抗手段のない脅威になり得る。僕の場合は懲戒免職で終了かもしれないが、アルペジオたちの場合は「警察にいられない=この世にいられない」ということなのだ。

 竜崎係長が言うには、箝口令を敷いた刑事部長にしても、もっと上からの圧力があったらしい。警察は日本政府から圧力を受け、日本政府もB国政府から圧力を受けた。そして真実に蓋をした……と言ったところか。


「日本国内で日本国民が拉致・殺害されたんですよ? しかも一人や二人じゃない。大量虐殺です。それでも他国の圧力に屈するんですか、この国は……!」


 怒りを通り越して、情けなくて脱力してしまう。

 今回の事件が明らかになったのは、指名手配犯・鏑木大和からのリークがあったからだ。

 当の鏑木は影も形も見せなかったが、アルペジオによると鏑木の狙いは、かつての戦友たるアルペジオを仲間に引き入れることではなく、僕への興味にあるらしい。

 それはあくまで推論でしかない。だが、数多の戦場を共にし、互いのことを熟知しているアルペジオの言葉だ。完全な見当違いでもなかろう。

 もしも本当に鏑木が僕に興味を持っていてこの事件を表に出したとしたならば、悪魔のようなやつだ。僕は今、B国の所業が許せないのはもとより、彼らに骨抜きにされている警察上層部や日本政府のことまで許せなく思っている。何だったらブチ壊してやりたいという気持ちすらある。こうなることを見越して仕掛けてきたのなら、鏑木は想像以上の怪物だ。


「ああ、それからな……」


 と思い出したように竜崎係長が付け加える。


「お前たちが大騒ぎしていたウエディングドレスの女が見つかったぞ」


 そうだった。

 彼女はあの事件の唯一の生存者だ。

 B国の工作員にしろ、頭がおかしくなってしまった日本国民にしろ、僕たちよりも遥かに深い闇を知る人物だ。


「竜崎係長。彼女は口封じのため殺害される恐れがあります。警察で保護しましょう」


「その必要はない」


 僕の提案はあっさりと却下された。


「え……? な、なぜですか!?」


「その女は遺体で発見された」


 しまった! 遅かったか……。B国に先手を打たれてしまった。

 唯一の生存者だったというのに。あのとき、彼女をそのまま放置せずに僕たちの手で保護していれば、こんな結果にはならなかったはずなのに……。


「検視報告によると、死後一年以上経過しているそうだ」


「「「「え……?」」」」


 僕だけじゃなく、三人の魔法使いも同時に声を上げる。


「死後一年以上ですって!? そんな馬鹿な……!!」


 すでに死んでいる?

 ああ、だから魔力反応が0だったのか……。


 いやいや、違う。そういう問題じゃない。

 僕たちは間違いなく「生きている彼女」に襲われたのだ。


 包丁を持ったあの女に追い回された。

 ……でも、何度も振り切ったはずなのに、何度もあり得ない方向から現れた。


 ローリングサンダーがドロップキックをかませば吹き飛んだし、手錠もかけた。

 ……でも、そのあと何事もなかったように僕たちの前に現れた。


 最後は襲ってきたあの女に巴投げを喰らわせた。

 包丁を持つ彼女の手は氷のように冷たかったけど、確かに人間のそれだった。

 だから投げ飛ばすことができた。

 ……でも。


「気の毒にな。結婚式を控え、ウエディングドレスを試着していたところを何者かによって拉致され、行方不明だったらしい」


 竜崎係長がスーツの内ポケットから一枚の写真を取り出した。

 そこにはウエディングドレスを着た女性が微笑んでいた。


「彼女の生前最期の姿だ」


 このウエディングドレス、見覚えがある。

 血で汚れていたが、同じデザインのウエディングドレスをあの女も着ていた。人間離れした恐ろしい形相をしていたが、目鼻立ちや眉や額の形もあの女に酷似している。

 写真の中で、女は少し照れくさそうに、だが幸せな笑顔を向けている。しかし、その幸せの絶頂期にB国の工作員に拉致され、あの洋館で一年以上前に殺された……。

 とても容易に受け入れられない話だが、それが事実なら彼女にとって人生最高の日を目前にして、人生最悪の悪夢が降りかかったのだ。誰彼構わず襲いたくなるのも理解できる。

「ユルセナイ」という彼女の怨嗟の言葉が頭をよぎる。


「じゃあ、僕たちが出会った彼女は……」


 ……幽霊?


「い、いやいやいや、捜査官殿。それはあり得ませんよ。この世に幽霊なんているはずがありません、絶対に。そう、絶対にです」


「そ、そうでんがな。あれは魔法で生み出された幻や。そうに決まっとります。もう風馬はんたら、真に受けてもうて。そんなもん、竜崎係長の質の悪いジョークに決まってますやんか。ジョーク、ジョークでんがな」


 アルペジオもミスターも、はははと笑いながらも目が笑っていない。

 両名とも、幽霊の存在を認めるのが怖くて強がっているようにしか見えない。これまで頭ごなしに幽霊の存在を否定してきた彼らだけに、そのショックは計り知れない。ご愁傷様だ。


「でもよぉ。もし、あの女が本当に幽霊だったとしたら、ブッ飛ばしちまったアタイは呪われるんじゃねえの? ……ねえ、ダーリン。アタイ、今夜は一人じゃ眠れないかも」


 ローリングサンダーが腰をくねらせながら、上目遣いで熱い視線を送ってくる。

 これはこれで悪夢だ。

 死んだ女も、生きている女も、どうしてこうも僕を困らせるのだ。

 ああ、きっと僕はこのまま女嫌いになってしまうに違いない……。




 第4話『Nightmare(悪夢)』 了




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 地獄だと思ったこの事件が、地獄の入り口でしかなかったことを、このあと僕たちは嫌というほど思い知らされることになる。


 この物語はフィクションです。

 登場する人物、名称、団体等はすべて架空のものです。


 ……そう言えたら、本当にどれだけいいだろうか。

 だが、僕たちが経験したこの一連の事件には、間違いなく真実が含まれているのだ――