キマイラ文庫

魔法捜査官

喜多山 浪漫

ビューワー設定

文字サイズ

フォント

背景色

組み方向

目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第5話

あるいは幕間狂言『G――黒いアイツ』<7>

 アルペジオと別れの握手を交わしたまま死を覚悟したとき、突然、ガチャリと部屋の扉が開く音がした。


「あん? なんだか楽しそうじゃねえか。祭りか? パーティーか? アタイも混ぜてくれよー」


 ローリングサンダーだ。

 荒れ果てた室内の様子にも、僕たちの悲愴な表情にも気づかず、ルンルン♪と鼻歌まじりに笑顔で入室してくる。左腕には、警察官の帽子をかぶって敬礼している新作のニャンゾ~とネコミのぬいぐるみをしっかと抱きかかえている。どうやら新作が満足のいく出来に仕上がってご機嫌らしい。すでに殉職した旧作のニャンゾ~とネコミには気づきもしない。

 だが、ここは修羅場。

 生と死の境目。

 ああ、自分が死地に足を踏み入れたことも知らずに、ローリングサンダーはまだニコニコしている……。


 突然の侵入者を見逃すわけもなく、格好の獲物が来たと言わんばかりに、Gが一直線に

 ローリングサンダーに突撃する。


「あ、あぶな───」


 間に合わない。

 竜崎係長に続いて、うら若きローリングサンダーの命まで散ってしまうのか。

 それをただ見ていることしかできないなんて……。

 僕は……。

 僕はなんて無力なんだ。


「ほいっと」


「へ?」


 光の速さで飛んで来たGを、ローリングサンダーが事も無げにひょいと右手で鷲掴みにする。


 え?

 え?

 手づかみ?

 Gを手づかみ?

 そんなこと、あるの?


 あまりのことに頭の整理がつかない。

 僕の手を握ったままのアルペジオも目を見開いてフリーズしている。轟管制官もミスターも似たようなもので、状況を掴みかねている様子だ。


「なーんだ、Gじゃねえか」


 ローリングサンダーは、正体を知らずにGを捕獲したようだ。

 軽く開かれた彼女の右手の中で、身動きの取れなくなったGが足をバタバタと動かしながらもがいている。

 Gの存在を確認したにも関わらず、ローリングサンダーは驚くことも恐れることもなく、優しいまなざしで手のひらの中でじたばたするGを見つめている。そして、そのままスタスタと歩いて窓を開ける。


「さあ、いい子だから森へ帰んな」


 雲一つない鮮やかな青空に向かって右手を伸ばすと、その手から黒い物体がブブーンと羽音を鳴らしながら飛んでいくのがわかった。

 ……ん? あれ?

 ここって、地下5階じゃなかったっけ?

 なんで窓があるんだ?


 しかし、そんな些細なことはどうでもいいのだ。

 僕たちは生き延びた。その事実さえあれば、他はどうだっていい。


「これで一件落着と。さ、パーティーしようぜ」


 笑顔でローリングサンダーが振り返ると、一同そろって歓喜の雄叫びを上げる。


「「「「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」


 アルペジオも、轟管制官も、もちろん僕も、口々にローリングサンダーを称賛する言葉を紡ぐ。ミスターは感極まって、むせび泣きながら跪いてローリングサンダーを女神様マリア様観音様と拝んでいる。


「え? え?? な、なんだよ。どうしたんだよ。そんなにアタイのこと褒めて……照れるじゃねえか」


 僕たちを代表し、轟管制官が音頭を取る。


「それでは魔法使いローリングサンダーに最大級の敬意を表して万歳三唱!!」


「「「「ローリングサンダー、万歳!! ローリングサンダー、万歳!! ローリングサンダー、万歳!!」」」」


 ――こうして事件は誰一人として血を流すことなく平和に解決した。


 しかし、僕たちは忘れていた。

 Gを1匹見かけたら100匹いると思えと警告されるほどの、恐るべき繁殖力のことを……。


 カサ。

 カサカサ。

 カサカサカサカサカサカサ……。

 ・

 ・

 ・

 というのが非番の日に見た僕の夢だった。

 幸いウエディングドレスの女に包丁を持って追い回されることはなかったが、これはこれで立派な悪夢である。

 目が覚めたとき、寝間着も下着もベッドも汗まみれでぐしょぐしょになっていたことは言うまでもない……。




 第5話あるいは幕間狂言『G(黒いアイツ)』 了