魔法捜査官
喜多山 浪漫
第4話
『Nightmare(悪夢)』<18>
食堂から外につながる扉は固く閉ざされたままだ。
ちゃんと鍵もかかっている。
扉がきしむような音が聞こえたのは僕の気のせいか。
ギギギギ……。
いや。気のせいなんかじゃない。確かに音がする。
アルペジオたちも異音に気づいたらしく、お互いに顔を見合わせる。
それぞれの表情には、くっきりと「もう勘弁してほしい」と書いていある。
しかし、この音は一体どこから……?
「あ」
この食堂には、もう一つ扉があった。厨房につながる扉だ。
けれども、厨房はこの目でしかと確認して、誰もいないことは確認済みだ。まさかあの業務用冷蔵庫の中に何者かが潜んでいたとか……? いやいや、そんな馬鹿な。
ギギ……。
あれこれ想像していても埒が明かない。
目視確認するしかない。
怖がっていようが怖がっていまいが、どうせ結果は同じなのだ。だったら、怖がるだけ損。こうなったらヤケクソだ。魔法生命体(ゴーレム)だろうが、包丁を持った女だろうが、どんと来い。
見る。
閉めたはずの厨房につながる扉が半開きになっている。
ここからだと何も見えない。ただ扉が開いているだけだ。
ギ、ギギギ、ギ……。
更に扉が開く。
人影は見えない。それなのに扉が勝手に開く。
他の三人も扉のほうに目が釘付けになっている。
「ユル、サナイ……」
くぐもった女の声が聞こえる。暗く冷たい井戸の底から響くような声だ。
「ユルサナイ……」
ただならぬ憎悪のこもった声。かつて経験したことのないほどの殺意を感じる。
扉の奥から鈍く光るものが見えた。包丁だ。
続いて白いウエディングドレス。それからうつむいたままの女の顔が見えた。
この女、どこに隠れていたのだ?
やはりこの洋館には隠し通路のようなものがあるだろうか。
その真相は一旦置くとして、目下の課題はこの女をどうするか、だ。
説得が通用する相手には到底見えない。
となれば、逃げるか制圧するかの二択になる。
「どうします? 退避しますか?」
僕の問いにアルペジオもミスターも首を横に振る。
もう走る元気はないということか。
「じゃあ、制圧しますか?」
アルペジオとミスターが首を横に振る。
どっちも嫌だってか? なんてわがままボーイたちなんだ。
そりゃ僕だってどっちも嫌だけど、他に選択肢がないじゃないか。
どうしたものか考えあぐねていると、ウエディングドレスの女がいきなり奇声を発して襲い掛かって来た。厨房の扉に一番近くにいるアルペジオを目がけて。
アルペジオは椅子に深く腰をかけたままだ。動けない。
僕はとっさにアルペジオの座っている椅子を思いっきり蹴り飛ばした。
アルペジオが椅子ごと床に倒れる。
しかし、そのおかげであわやというところでウエディングドレスの女が持つ包丁から逃れることができた。アルペジオは受け身も取れずに後頭部をしこたま床にぶつけたが緊急措置だ。許してほしい。
獲物を逃した女が、今度は余計な真似をした僕を睨みつける。
怖い。
この女を組み伏して制圧しなければならないのか。臓腑がキリキリと締め付けられる。
女が僕の顔目がけて包丁を突き立てる。
右にかわす。
女がそのまま包丁を横薙ぎする。
ステップバックして、なんとかそれをかわす。
女が苛立った様子で歯をむき出しにする。
うひー。怖い。もう帰りたい。
女がひときわ大きな奇声を発して襲い掛かってくる。
どうする?
殴る?
蹴る?
投げ飛ばす?
しかし、相手は曲がりなりにも女性だ。
あ。
ダメだ。
迷ってるうちに、もう逃げられない距離だ。
鈍く光る包丁は、そのまま僕の胸に突き刺さるだろう。
「いい加減にしやがれ!!!!」
ウエディングドレスの女が遥か後方に吹っ飛んで、食器棚に打ちつけられる。
女の横っ腹にローリングサンダーのドロップキックが直撃したのだ。
全体重を乗せたドロップキックをモロに喰らったウエディングドレスの女はそのまま顔から床に突っ伏したまま動かなくなった。
吹っ飛んだ衝撃で落としたのか、包丁は僕の足元に落ちている。
「……ふん。ダーリンが手ぇ出さねえから我慢してきたけど、もう限界だぜ。アタイはダーリンみたいに優しくねえんだよ、クソ女が」
ローリングサンダーが不動明王のように、突っ伏したままピクリとも動かない女を見下ろす。その迫力から背中にメラメラと揺らめく炎が立ち昇っているかのように見える。
「「「おおー!!」」」
僕たちは窮地を救ってくれた女神様に惜しみない拍手を送る。
「そんなのいいから、手錠」
「え?」
「この女に手錠して、もうウロチョロできないようにしとこうぜ」
「あ、はい。そうですね」
思わず敬語になる。
いそいそと取り出した手錠を、ローリングサンダーが乱暴にひったくる。
「ダーリンは優しすぎんだよ。こういう輩は思いっきりぶん殴ってわからせてやんなきゃ」
ぶん殴るじゃなくて、今のはドロップキックだったけど、
「あ、はい。そうですね」
と素直に返事しておく。
「ま、その優しさもダーリンのいいところなんだけどな」
ローリングサンダーが笑顔でウインクする。
いかん。胸がときめきそうだ。
ローリングサンダーは、恐れる様子もなく気を失った女の右手に手錠をはめる。もう片方をテーブルの脚にかけて、女がこの場から動けないように固定する。十人掛けの大テーブルは女一人で動かすのはまず無理だ。念のために包丁は厨房のほうに放り投げて隔離しておく。この女なら自分の腕を切り落としてでも脱出しかねない。
一番の脅威を取り除いた今、このまま食堂で援護を待つ必要もなくなった。
この洋館は魔法が施されたダンジョンになっているし、まだ魔法生命体(ゴーレム)も徘徊している。応援に来てくれた所轄の警察官たちが二次被害に遭ってしまっては申し訳ない。動けるようになったからには自分たちの足で出口まで移動したほうがよかろう。その旨を仲間たちに伝えると、全員賛成してくれた。
「さあ、出口に向かいましょう」
晴れやかな気分で食堂の外に出る。
しんがりを務める僕が扉を閉めるとき、もう一度、女のほうを見る。
ぐったりと横になったままの女は手錠でテーブルにつながれたまま微塵も動かない。
死んでないよね……?
散々な目に遭わされたものの、一応、彼女が無事であることを願いつつ、僕はそっと扉を閉じた。