魔法捜査官
喜多山 浪漫
第4話
『Nightmare(悪夢)』<15>
もう本当に勘弁してほしい。
この女は一体何なんだ?
最初に出くわしたときはいきなり包丁を振りかざして襲い掛かってくるし、次は逃げたと思ったらCODEレッドが現れるし、今度は魔法生命体(ゴーレム)を排除した途端に背後に忍び寄っている。
何が目的なんだ? まったく理解できない。
いや、理解できないのは当然か。この女はもう狂っているとしか思えない。
問題は、このウエディングドレスの女をいかに対処するか、だ。
保護? 確保? それとも……。
こうして向き合っているだけで息が詰まる。身体の震えが止まらない。この女に近づくことを本能が全力で拒否している。
どうする?
どうする?
はっきり言って怖くてたまらない。
しかし、逃げていいのか?
またしても逃走することを僕の相棒は、仲間たちは、どう思うだろうか?
彼らの様子が気になり、チラリと後方を見る。
……え?
誰もいない。魔法のように3人の魔法使いが消えてしまった。
慌てて彼らの行方を追うと、後方にそそくさと逃げる3人の姿があった。
……おい!!!!
心の中で思いっきりツッコむ。
真剣に悩んでいたのが馬鹿みたいだ。
迷うことなく僕も追随する。疲労困憊の彼らに追いつくのはわけない。みるみるうちに距離が縮まっていく。
彼らとて僕を囮にしようだとか、置いてけぼりにしてやろうだとか、悪意あってのことではない。むしろ僕の足手まといにならないように先んじて走り出したのだ。以心伝心。阿吽の呼吸。言葉にせずとも通じるほど固い絆で結ばれているのは誠に喜ばしいことだ。しかし、それでも、さすがにこれはひどいと思う。
「ちょっと、ひどいじゃないですか!」
早々に追いついて3人の魔法使いに抗議する。
彼らに返事をする余裕はなく、こちらを見て申し訳なさそうに苦笑いするだけだった。
まったく、もう……。
「もう走れまへん」と言っていたミスターも必死の形相で全力ダッシュしている。
その顔には恐怖がべったりと張り付いている。
そうだろう、そうだろう。やっぱり怖いだろう?
「捜査官殿! 一つわかったことがあります!」
「何ですか!?」
「この世で一番恐ろしいのは、包丁を持って追いかけてくる女性です!」
「同感です!!」
ミスターも走りながらコクコクと頷いている。
「あそこ! あの部屋!!」
ローリングサンダーが指さした方向には半開きの扉が見える。
何のための部屋かはわからない。
開けたが最後、モンスターハウス……なんてパターンもあり得る。
不用意に入るのは危険すぎるが、後ろを走る3人の魔法使いは限界寸前。四の五の言っていられる状況ではない。このまま走り続ければ、それこそ心臓が破裂して死んでしまいかねない。ここは一か八か、運を天に任せて入ってみるしかない。
まず先頭を走っていた僕が部屋に飛び込む。
前方よし。
右よし。
左よし。
人影はない。魔法生命体(ゴーレム)もいない。どうやらパッと見る限りでは無人のようだ。
遅れて、ローリングサンダー、ミスター、アルペジオの順番で部屋に駆け込んでくる。
扉を閉めるのは必然的に僕の役目となった。念のために追跡者がいないか確認するが、人っ子一人いない。良かった。音を立てないように、そっと扉を閉めて鍵をかける。
これで一安心といきたいところだが、そうはいかない。この部屋に敵が潜んでいる可能性がある。見たところ、中央に十人掛けの大きなテーブルと椅子がある。この洋館に相応しい年代物の西洋アンティークのようだ。テーブルの上には人数分の食器が美しく並べられている。
ここがレストランなら今にもディナーが運ばれてきそうだ。だが、この食堂で供される食事を食べる気にはならない。何の肉が運ばれてくるかわかったもんじゃないから。
潜んでいる者がいないか、あるいは新しい手掛かりがないかを確認するために、テーブルの下、食器棚を捜索するが何も出てこなかった。
奥にある扉は厨房につながっているのだろうか。そこも確認すべきなんだろうけど、怖い。入りたくない。3人の魔法使いはぐったりとして椅子に腰かけ、机に突っ伏している。当分動けそうにない。
……仕方ない。いくら怖くても安全確認のために確かめないわけにはいかないだろう。
勇気を振り絞りながら奥の扉へと近づく。
意を決して扉を開けると同時に身体を滑り込ませる。
中は予想通り厨房だった。清潔に整えられた厨房は汚れ一つない。巨大な業務用冷蔵庫がブーンと音を立てているだけの無機質な空間だ。あの大きな冷蔵庫の中に何が入っているのか……。いや。好奇心猫を殺す。触らぬ神に祟りなし。安全は確認できたことだし、余計なことはせずに仲間のもとへ戻るとしよう。
「ユルサナイ……」
え?
背後に女の声がした気がして反射的に振り向く。
馬鹿!
こういうとき振り向くと、そこには絶対にあのウエディングドレスの女がいるのに。
だから振り向かずにさっさと厨房から出ればいいのに。
しかし、いったん反射的に動いた肉体は、脳の命令に反して振り向いてしまう。
……誰もいない。
いやいや、油断はできないぞ。
再び出口のほうに向き直るといるというパターンもある。
……恐る恐る見る。
……だが、誰もいない。
何度見ても、どこを見ても、やはり厨房には誰もいなかった。
なんだか拍子抜け。狐につままれたような気分だ。