魔法捜査官
喜多山 浪漫
第4話
『Nightmare(悪夢)』<17>
最初のうちこそ、ぽつりぽつりと静かに語り始めたローリングサンダーだったが、次第に身振り手振りを交え、ついには「バキッ!」とか「どかーん!」とか「ずばばばばーん!!」とか、物騒な擬音を発しながら己の武勇伝を語っていく。
すべてを語り終えたローリングサンダーは、大仕事をやり遂げたような表情で、
「ってなわけさ」
と、轟管制官とのエピソードをくくった。
どこから本当で、どこまで盛っているのか、全然わからない荒唐無稽な話だったが、僕だけじゃなく、アルペジオとミスターも初めて聞くエピソードだったらしく、冒険譚を聞かされた子供のようなキラキラした瞳をしている。
ローリングサンダーの物語を要約すると、こうだ。
父親は彼女が生まれる前に蒸発。
母親は三歳になる彼女を実家に預けたまま、それきり帰ってこなかった。
実家は祖母が一人暮らしだったが、この祖母が場末のスナックを経営していたらしく、ほとんど家には帰ってこない。ローリングサンダーの相手はテレビと冷蔵庫にストックされていたレトルト食品だけだったという。
そんな環境で育ったローリングサンダーが、まっとうな道を進めるはずもなく、ご多分に漏れず不良街道をまっしぐら。中学に上がったときには近所で知らない人間はいないと言われるほどのワルだったという。あくまで本人の談ではあるが。
すごいのは、ここからだ。
中学に上がったローリングサンダーは、さっそく上級生に目を付けられる。
目上の人間を敬うことを知らず、自分以外はみんな敵だと思って生きてきた彼女が上級生に大人しく従うはずもなく、その場にいた上級生男女六人を全員のした。
下級生にやられっぱなしじゃメンツに関わる。次の日にはその中学を仕切っていた男とその取り巻き連中を相手に、これまたあっさりと勝利を収めてしまう。入学早々、在学する中学校の頂点に立ってしまったわけだ。
話はこれで終わらない。それからというもの、ローリングサンダーの噂を聞き付けた地元の腕自慢たちが次々と挑みかかってきた。金属バットで殴りかかってきたやつ。ナイフで斬りかかってきたやつ。背後から不意打ちしてきたやつ。いろんなやつがいたけれど、すべて返り討ちにした。
地元の不良の中でカリスマ的な存在として知られていた暴走族を相手に一人で大立ち回りをしたときが、「バキッ!」「どかーん!」「ずばばばばーん!!」と擬音が登場したシーンだ。相手は百人からなる暴走族。対するはローリングサンダーただ一人。
ひたすら殴る。ひたすら蹴る。時には体当たりしてきたバイクを受け止め、バイクごと投げ飛ばしたという。あたりに動ける者が誰一人いなくなったとき、ローリングサンダーは地元の全不良を束ねる暴走族の総長に選ばれたのだという。
もうここまで来るとマンガの世界だ。
しかし、そんな荒唐無稽な話を信じて、ローリングサンダーの前に現れた人物がいる。
それが管制官、轟響子女史だ。
当時の轟響子女史は、まだ管制官ではなく魔法犯罪とは無関係の捜査一課の管理官だった。ローリングサンダーの噂を聞き付けた彼女は、ローリングサンダーが魔力の持ち主ではないかと疑った。ローリングサンダーの家庭環境から、今まで魔力が発覚しなかった可能性は充分にある。だが、もしローリングサンダーが魔法使いであるなら捜査一課の出番はない。魔法犯罪捜査係の仕事になる。魔法犯罪捜査係に任せたら、良くて確保された後にランクに応じた施設に収容、悪ければその場で殺処分だ。
そこで轟響子女史は、いたいけな少女(?)を救うために一計を案じた。ローリングサンダーの前に現れた彼女は、こう言ったという。
「一日三食付きで、思いっきり暴れられて、相手をどれだけ殴っても警察に逮捕されない仕事があるんだけど、興味ある? もちろん学校にも行かなくていいわ」
ローリングサンダーにとって、これほど魅力的な提案はなかった。
轟響子女史に勧誘され、一も二もなく飛びついたローリングサンダーは、かくして魔法犯罪捜査係の魔法使いとなったというわけだ。
それから程なくして轟響子女史が管制官の任に着いたのは偶然か、はたまた自分が勧誘した少女をそれっきり放置するわけにはいかないと考えて自ら志願をしたのか。真実は不明だ。
ローリングサンダーが言うには、警視庁の魔法使いになるにあたっても、魔法犯罪捜査係に配属されてからも、煩雑な手続きを手厚くサポートしてくれたのが轟響子女史だったという。
「アタイは姉御に感謝しているんだ。姉御がアタイを引っ張り上げてくれなきゃ、今頃は魔法犯罪者になってただろうからな。そうなってたら、生きてたかどうかもわかんねえ」
魔法犯罪者に対する苛烈な処罰を、ローリングサンダーは幾度となく見てきたのだろう。警視庁にはアルペジオのようなLV100を超える魔法使いもいる。己が井の中の蛙であったことを想い知らされてきたに違いない。
轟管制官もそんなローリングサンダーの未来を憂いて、魔法犯罪者として捕らえるのではなく、魔法犯罪捜査係に配属されるようにした。確信はないけれども、そんな気がしてならない。鉄の女とばかり思っていた轟管制官に意外と人情家であるということは、すでに知るところである。
「ローリングサンダー」
ポケットの中のオラクルから声が響く。
「なんだい、姉御?」
「昔話はそのくらいにしておきなさい」
「はいよ」
ローリングサンダーが、オラクルの向こうにいる管制官に聞こえないようにニシシと悪戯っぽく笑う。
とてもいい話を聞かせてもらった。できれば、こんな悪夢のような館ではなく、魔法犯罪捜査係のデスクでみんなと談笑しながら聞きたかった。
いつの間にか恐怖も和らいでいる。あとは応援が来るのを待つばかりだ。
ギギギ……。
ギギ、ギギギギ……。
せっかくいい話を聞いたばかりだというのに、耳障りな音が聞こえる。
建付けの悪い扉がきしむような音。
まさか……。
扉には鍵をかけた。
鍵を破壊しない限り、入って来られるはずがない。
そう信じながらも不安を抑えきれずに、恐る恐る扉のほうを見る。
そこには――