魔法捜査官
喜多山 浪漫
第6話
『Satanism(悪魔崇拝)』<1>
僕が魔法犯罪捜査係に配属されて以来、世間ではますます魔法と魔法使いを悪とする論調が強まっていた。決定的だったのは、例のマスコミが私立鳳凰学園猟奇殺人事件と銘打った、あの事件だ。事件終結後、しばらくして被疑者・戸苅瑛子の家族が一家心中したのだ。
世間に散々非難され、追い詰められた挙句の練炭自殺だった。近隣の山の中腹で一家を乗せた自家用車が発見され、車内から互いの手を握り締めたまま事切れた父親と母親、そして幼い弟が見つかったという。
被疑者家族の一家心中のニュースは日本全土を駆け巡り、マスコミは途端に被疑者家族の批判を止め、同情的な報道を始めた。もともと被疑者・戸苅瑛子は何者かによって強制覚醒を促された被害者と言えば被害者なわけで、ましてやその家族に罪はない。それをあたかも家族まで犯罪者扱いして精神的に追い詰めたのは他ならぬマスコミとそれに同調した世間だ。それなのに今や被疑者・戸苅瑛子は悲劇のヒロイン扱いで報道され、ニュース番組のキャスターやコメンテーターたちは、なぜこのような悲劇が起こってしまったのかを沈痛な表情で論じている。
なぜ悲劇が起きたかだって?
それはお前たちのせいだ!……と声を大にして言いたい。
彼らは自分のしてきたことを脇に置いて、神妙な顔をしながら痛ましい事件として報道する。厚顔無恥も甚だしい。
しかし、最も恥知らずなのは、私立鳳凰学園の事件をきっかけに反魔法運動を過熱させたアンチ・マジック・ファミリーである。つい先日テレビで流れていた記者会見の様子を思い出すと、今でも反吐が出そうになる。
記者会見の主役は、アンチ・マジック・ファミリーの最高指導者、喜多島撫子(きたじま なでしこ)だった。組織の顔であり、広告塔の役目も果たしている喜多島は、理知的で端整な顔立ちをしている。40半ばを超えているだろうに、肌艶の良さは20代のそれに劣らない。いわゆる美魔女というやつだ。
「このような悲劇はもう終わりにしなければなりません」
よく通る声で、カメラを真正面に見据えながら喜多島は言った。自身の言葉に注目が集まり、多くの日本国民に届くことを存分に承知している顔だった。芝居がかっていて、いっぱしの女優さながらだ。
喜多島は次々と亡くなった被疑者家族に寄り添う言葉を紡いでいった。更には不当に彼らを迫害した世間に反省を促すような演説まで始めた。だが、反魔法の急先鋒として散々あおってきたのは、他の誰でもないアンチ・マジック・ファミリーである。その最高指導者たる喜多島がいくら美しい言葉と容姿で取り繕った会見をしようとも、僕にしてみれば「どの口が言ってんだ」「反省すべきはお前たちだろうが」としか思えない。
しかし、多くの日本国民は喜多島の会見を見て、テレビの前でうんうんと頷いた違ない。なぜなら、その不特定多数の日本国民も、被疑者家族を死に追いやった加害者だからだ。彼らは喜多島の発言の矛盾を自覚しながらも、自らの責任回避のために喜多島の演説に全力で乗っかったのだ。だから異常なほどスムーズに、被疑者家族へのバッシングが被害者家族への同情へと論調が変化した。
喜多島は、会見の締めくくりに悲劇を終わらせるための対策として、とある法案を提案したいと発言した。それは爆弾発言と言って差し支えない、過激で前時代的、中世の魔法使い狩りや魔法裁判を彷彿とさせる内容だった。
具体的には、魔力を有する者を社会から完全に隔離すること。魔法犯罪者を全員無期懲役または死刑にして、二度と社会復帰できなくなるようにすること。これらを実行すれば、日本社会から同様の悲劇の再発を完璧に防げるというトンデモな法案だった。
望まず魔力を持って生を享けた人々には、まともに生きる資格がないと言っているのも同然だ。完全な人権無視。これを真顔で、さも正義は我にありといった表情で言い放つ喜多島のメンタリティは一体どういう構造になっているのか。
そんな無茶苦茶な法案が成立すれば、更なる悲劇を生むことがなぜわからない?
先程まで悲痛な表情で被疑者家族に寄り添った発言をしていたお前はどこへ行った?
喜多島は勝利宣言に等しい口調で、すでに影響力のある政治家が何人もこの法案に賛同の意を示しており、近く国会の場での法案成立を目指していると言い放った。
最後にトドメを刺すように喜多島は、凶悪な魔法使いの情報提供に対して多額の賞金をかける考えがあることまで示唆し、手始めに特定の魔法使い2名をこの世界から抹殺すべきだと糾弾すると同時に具体的な名前を挙げた。
一人は鏑木大和。
鏑木は国際的に指名手配されている凶悪魔法犯罪者だ。まあ理解できる。
しかし、もう一人の名前が挙げられたとき、僕は耳を疑った。
安倍晴志郎――アルペジオの本名だ。
喜多島は続けて補足した。この二人の魔法使いは先の大戦の生き残りであり、戦時中に多くの人間を魔法で殺害してきたA級戦犯であると。東京魔法裁判で死刑になるはずだった恐ろしい魔法犯罪者が、未だに生き延びて今も日本のどこかに潜んでいると声高に問題提起した。
この二人の魔法犯罪者が生きているという事実が私たちの平和な日常を脅かしているのです、と喜多島は一流の政治家さながらに民衆の恐怖心を煽った。喜多島は、戦争犯罪者がまだこの国でのうのうと生きている、これは日本の恥であり、諸外国に対して申し訳が立たない、とまで言い切った。まるで自身が日本人の政治的代表者であるかのような発言だ。
一部には喜多島を本気で国政に送り出し、日本初の女性総理にすべしという意見まであるそうだが、そんなことになれば日本は終わりだ。
こうして、アンチ・マジック・ファミリーの最高指導者、喜多島撫子の記者会見以降、魔力を有する者と魔法使いを社会から隔離せよという世論が着々と醸成されていった。
さすがに魔力のある者すべてを社会から隔離するのは過激すぎると口にする穏健派の政治家や官僚、有識者もいたが、彼らは決して魔法使いを擁護しているわけではない。人権問題が絡んでくることを見越して及び腰になっているだけで、要するに責任を取るのが嫌なだけだ。
いずれにせよ、喜多島の演説が分水嶺となり、世論は魔法使い排除に大きく傾きつつある。
そんな中、魔法使いの関与が疑われる猟奇殺人事件が都内で同時多発的に発生した。