魔法捜査官
喜多山 浪漫
第6話
『Satanism(悪魔崇拝)』<4>
「私は反対です。あの方を世に放つなんて、それこそ悪魔を野放しにするようなものです」
アルペジオが見たことのない剣幕で竜崎係長に食ってかかる。
警視庁所属だとしても、世間の風潮から魔法使いの立場は常に危うい。特に最近の情勢下では、その立場は薄氷一枚の上に成り立っていると言っても言い過ぎではない。上司たる竜崎係長の判断に反発するような態度は、文字通り命取りになりかねない。そんなことは百も承知だろうに、アルペジオのこの態度。その悪魔とは、よほど危険な存在なのか。
「こういうときのために危険を承知であの悪魔を飼っておいたんだ。今使わずして、いつ使う?」
平然と答える竜崎係長を睨みつけたまま、アルペジオがギリリと音が聞こえてきそうなぐらい歯を食いしばる。
「まあそう怒るな、アルペジオ。もう手配は済んでいるんだ。今から迎えに行くぞ」
苦虫を潰したまま黙っているアルペジオの代わりに、仕方なく僕が尋ねる。
「迎えに行くって、どこにですか……?」
「ここは病院だからな。おあつらえ向きに緊急車両専用入口がある。そろそろ到着する頃だ。急ぐぞ」
返事は当然「はい」か「YES」か「はい喜んで」しかない。竜崎係長は僕たちの返答を待たず、背を向けて霊安室を出た。
アルペジオを見ると、いまだに納得できない様子で難しい顔をしている。
「アルペジオさん。竜崎係長の命令です。行きましょう」
促すとようやく諦めたのか、アルペジオが大きなため息を吐いてから両腕で僕の肩をしっかとつかみ、切実なまなざしで見つめてくる。
「よろしいですか、捜査官殿。これからやって来るのは悪魔のごとき……いえ、悪魔なんかよりもよっぽど危険な人物です。決して目を合わせてはなりません。口を聞いてもいけません。できるだけ関わらないようにしてください」
そんな無茶な。
それじゃあ、助っ人の意味がないじゃないか。
しかし、このアルペジオの真剣そのものの表情を見るに、言うだけ無駄か。
僕は仕方なく曖昧に「はあ」と答えるだけにして、竜崎係長を追って駆け出した。
緊急車両専用入口に到着するとほぼ同時に、黒一色の大型トラックが登場した。
今朝は快晴だったのに、いつの間にか曇り空になっており、薄暗い世界に時間感覚を奪われる。
トラックの外装から情報を読み取ろうと試みるも、所属を推測できる情報はどこにも見当たらない。その物々しく頑強な威容だけが、運搬する荷物が極めて厳重に取り扱わねばならぬ危険物であることを物語っている。
トラックから黒ずくめの装備に身を固めた男たちが下りてくる。そのいで立ちは特殊急襲部隊SATを思わせる。男たちは、よく訓練されたきびきびした動きでトラックの後方に回り、何やら細かく確認しながらトラックに積まれた荷を取り出す作業を始めた。
そこでようやくこの黒ずくめのトラックと男たちの所属が判明した。背中に英語でアルカディアと書かれている。間違いない。凶悪魔法犯罪者を収容するためのSランク施設、通称アルカディアからトラックの中身は運ばれて来たのだ。
「このトラックは、それ自体がグリムロックと同じ役割を果たす特別製の代物だ。もちろん、中にいる魔法使いにもアルペジオたちの首輪よりも強力なものを付けているが、念には念をというやつだ」
「それだけ途方もない魔力を持つ魔法使いというわけですね……」
LV100を超えるアルペジオよりも更に強力なグリムロックで封印せねばならず、それでもなお念を入れて魔力を封じるための特殊なトラックで運搬するほどの魔法使い。なるほど、アルペジオがあれだけ危険視し、竜崎係長が悪魔と称するわけだ。
プシューという音を立てながら、ゆっくりとトラック後方の扉が開く。アルカディアの職員が全員自動小銃を構えている。
これはもう、助っ人の登場というよりも凶悪犯罪者の移送なんじゃないのか?と錯覚する。
「驚いたか? こいつは、ちょっとした問題児でな。警視庁所属の魔法使いとして登録してあるものの、諸事情あって普段はアルカディアに収容している」
だからアルカディアの職員に運ばれてきたのか。
それはいいとしても「ちょっとした問題児」がSランク施設アルカディアに収容されているはずがない。この厳重すぎる警備を見ても相当危険な人物であることは明白だ。
「こいつを現場に引っ張り出すのは反対勢力が多くて難儀でな……。めったなことでは捜査に参加させないのだが、今回は特別だ。本件には魔法使いが関わっていて、悪魔崇拝するカルト教団によるテロ行為の可能性もある。そういうわけで上も首を縦に振らざるを得なかったんだろうよ」
竜崎係長が淡々と経緯を語る。その口ぶりには警察上層部に対する不満というか、軽蔑に近いニュアンスが感じ取れた。竜崎係長は都内の魔法犯罪を取り締まる魔法犯罪捜査係のトップであり、その責任を一身に負っている。組織上は刑事部長や捜査一課長が上長にあたるわけだが、魔法犯罪に極力関わりたくない彼らは責任ごと係長に丸投げしているのが実態だ。
魔法使いは排除したい。でも、そのためには魔法使いに頼らざるを得ない。この矛盾と責任を押し付けられながらも魔法犯罪の最前線に身を置く係長の心境は、いかなるものか。僕なら愚痴の一つや二つじゃ済まないだろう。
竜崎係長には竜崎係長なりに思うところが大いにありそうだ。