魔法捜査官
喜多山 浪漫
第6話
『Satanism(悪魔崇拝)』<2>
魔法使いの犯行と見られる猟奇殺人事件は、都内の複数の箇所で同時に発生した。
事の大小に関係なく、魔法が絡んでいるからには魔法犯罪捜査係の出番だ。竜崎係長の指示で担当が振り分けられ、すでに他の捜査官と魔法使いは各現場に急行している。僕とアルペジオは竜崎係長からの「特別な任務」とやらで、現場とは別の場所へ向かうことになった。
特別な任務って何だろう?
とても嫌な予感がするんですけど……。
しかし、警察組織において上司の命令は絶対。しかも、相手はあの竜崎係長だ。逆らえるわけがない。
僕たちが向かったのは都内の、とある大学病院。すでにご遺体の検視は終えているとのことだった。
刑事事件の場合、法医学医による司法解剖がおこなわれるのが通例だが、本事案においては間に一つプロセスが加わることになった。それが竜崎係長に命じられた「特別な任務」だ。
僕たちに課せられた特別な任務とは、記憶透視魔法ダイブによって被害者の脳にアクセス――被害者の記憶の世界を捜査して、犯人逮捕につながる手掛かりを発見することだった。
記憶透視魔法ダイブによる捜査は、あの連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児の事件で経験済みである。あのときと違うのは、すでに被害者遺族からの許可が取れていることだ。だからアルペジオが被害者の父親に殴られて前歯が欠けるようなアクシデントに見舞われることもない。
また、ダイブの有効期限は記憶の鮮明な死後48時間以内とされている。今回は死後半日程度しか経過していないため、充分な時間がある。タイムリミットを気にせずに、じっくりと捜査にあたれそうだ。
ただし――
今回の事件も猟奇的な殺人事件だ。被害者は男性らしいが、おそらく時任暗児のケースと同様に、被害者は相当無残な殺され方をしているに違いない。ゆえに極めて自然な防御反応として、忌まわしい記憶を誰にも見られまいと心の奥底に封じようとしている可能性がかなり高い。要するにだ。今回のケースにおいても、被害者の記憶の中の世界はダンジョン化していて、そこには魔法生命体(ゴーレム)が跳梁跋扈しているに違いないということだ。
大学病院に到着するまでの車内で、実は一つ余計な手間をかける羽目になった。
それは変装だ。
僕じゃない。変装しなければならなかったのは相棒のアルペジオのほうだ。
芸能人でもないのに素顔を隠すための変装が必要になった理由は至ってシンプルで、アルペジオが芸能人ではないものの一躍時の人となった有名人だからである。
アルペジオは、喜多島の記者会見のせいで指名手配犯・鏑木大和と並ぶ、悪名高い魔法使いとしてその名を日本に轟かせた。
幸いにして顔写真が公開されることはなく、「アルペジオ=安部清志郎」という事実を知る人物もごく少数。知っているのは、アルペジオをスカウトした竜崎係長と、あの悪夢の洋館でアルペジオの過去を垣間見た仲間たちだけだ。
それでも、いつ、どこで、誰に知られるかわかったものじゃないので、念には念を入れて変装を施すことにした。……と言っても変装とは名ばかりで、サングラスにマスクを付けただけなんだけど。
「どうです? 似合ってますか、捜査官殿?」
僕の用意したサングラスが気に入ったのか、我が相棒殿はご機嫌のご様子。
しかし、サングラスにマスク。寝ぐせみたいなフワフワの髪。
うーん。控えめに言っても不審者。相棒の僕から見ても警察に通報したくなる。サングラスは余計だったか。
僕は「そんな殺生なぁ」と泣きべそをかくアルペジオから、無慈悲にサングラスを取り上げることにした。
大学病院に到着後、車を降りて院内へと進む。
病院内ということが幸いして、アルペジオがマスクをしていても不審に思う人間はいない。しかし、ここにサングラスまで付けていたら、あからさまに怪しくなっていたところだ。やはりサングラスを外した判断は間違っていなかった。
行動は迅速に。速やかに院内の霊安室へと移動する。
都内でも有数の大病院だけあって、霊安室一つとっても他の病院よりも遥かに広い。
中に入ると、ひんやりと空気が冷たく変わるのを感じた。しんと静まり返った室内には白い布に覆われた遺体が横たわっている。被害者は男性。都内の一流企業に勤める会社員だという。
数多くいる被害者の中でこの遺体が選ばれたのは、他の遺体が何らかの形で脳に損傷があり、ダイブに適していないためだった。すべての遺体の脳が損傷していたら手掛かりを見つけるのが大幅に遅れているところだった。しかし、これを不幸中の幸いと言ってしまうのは被害者に申し訳がない。彼にとっては、どう取り繕うと不幸でしかないのだから。
「捜査官殿。マスク、もう外してもいいですか?」
「ええ、もちろん。ここには僕たちしかいませんからね」
息苦しかったのだろう。アルペジオがマスクを外して、ほっと息をつく。
それから僕たちは遺体に手を合わせて被害者の冥福を祈った後、白い布を取って状態を確認することにした。
記憶透視魔法ダイブを使用するにあたり、必ずしも遺体の状態を確認する義務があるわけではない。だが、これから数時間にわたってオラクルのつながらない未知のダンジョンに潜入することになるのだ。どんな些細なことでも手掛かりにつながる情報がほしい。それに、望まぬこととはいえ、亡くなった被害者の記憶を覗き見するような真似をするのだ。ちゃんとお顔を拝見して、しっかりと向き合っておくのが最低限の礼儀だと思う。
……なんてカッコつけてしまったことを早くも後悔する羽目になった。
白い布に包まれていた遺体は、想像を超える惨たらしいものだった。
反射的に目を逸らし、手で口を押さえ、胃液が逆流するのを必死にこらえる。連続殺人鬼(シリアルキラー)・時任暗児に殺害された被害者の遺体も相当なものだったが、それに勝るとも劣らない凄惨な有り様だ。
被害者の肉体はあちこちが損傷……というか五体バラバラにされていて、肉片が人間の形になるように並べられている。しかし、バラバラと言っても無造作に切断されているわけではない。よほど手慣れた人物の仕業に違いなく、正確に測ったように左右均等に切断されている。被疑者の几帳面さ、神経質さ、偏執的なこだわりが見て取れる。陰部に至っては熟練の板前の包丁細工のように花びらの形に仕上げられている。言葉を選ばずに言うならば、名のある芸術家の仕事を思わせる。だが、そこに言いしれない狂気と恐怖、そして奇妙な既視感を覚える。
不快な感覚を振り払うために頭をぶるぶると左右に振るわせてから、オラクルを取り出す。余計なことは考えずに、まずは管制官へ報告だ。
「捜査官から管制官に連絡。病院内の霊安室に到着しました」
「ご苦労様。ダイブする前に、いくつか情報共有しておくわね」
情報共有?
珍しいこともあるものだ。
しかし、それは助かる。手掛かりはどれだけあっても困らない。
「他の現場で殺害された被害者たちの画像を送るわね。被害者たちに接点はなく、老若男女問わず無差別に無残な殺され方をしている」
目の前の遺体だけでもお腹いっぱい……というよりも吐き気が止まらないというのに、これ以上見ろと言うのか。
生まれ変わったら絶対に警察官にはならないぞ、と心に誓う。
嫌がらせのように早々と送られてきた画像には、予想通り目をそむけたくなる遺体の数々が写し出されていた。どれもこれもまともではない。こんなことをやってのける被疑者もまた、まともではない。そのまともではない被疑者とこれから向き合わなければならないのだ。否が応でも陰鬱な気分になってくる。
「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ」とは19世紀に活躍したドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェの言葉である。
この事件、被疑者の心理を深追いし過ぎて、深淵に囚われてしまわぬよう、心して捜査にあたる必要がありそうだ。