キマイラ文庫

魔法捜査官

喜多山 浪漫

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目次

魔法捜査官

喜多山 浪漫

第6話

『Satanism(悪魔崇拝)』<5>

「おい、風馬。出てきたぞ」


 係長にポンと背中を叩かれ、黒ずくめのアルカディアのトラックに意識を戻す。

 すでに開いている扉の中は薄暗い闇に包まれている。その闇の中に蠢く影がある。少しずつ、ゆっくりとこちらに近づいて影は、曇り空の薄い光に照らされ、徐々に輪郭がくっきりと浮かび上がっていく。

 まず足。次に腕。最後に頭。どうやら、しっぽはないみたいだ。悪魔と呼ばれる存在も一応は人間の姿かたちをしているらしい。

 トラックの上から腕組みをして僕たちを見下ろす、その悪魔の姿に愕然とする。西洋画に描かれる悪魔と瓜二つだったからではない。むしろその逆で、純真無垢な少年の姿をしていたからだ。


「こいつが魔法使いルキフェルだ」


 竜崎係長が悪魔の名を告げる。

 ルキフェルと呼ばれた少年は、前時代的なデザインの学帽に学ランに身を包み、風にたなびくマントを羽織っている。丈の短いズボンは少年らしさを一層際立たせている。

 だが、最も目を引くのは、長い銀髪だ。少年でいて、少年でないような、性別を超えた存在。そんな幻想的な印象を抱かせる。

 これがSランク施設アルカディアに収容されている問題児?

 これほど厳重な警備で移送しなければならない悪魔と呼ばれる存在?

 いやいや、とてもそうは見えない。なんだか拍子抜けしてしまう。

 そんな僕の第一印象を見透かしたようにアルペジオがそっと耳打ちしてくる。


「捜査官殿。見た目に騙されてはいけません。あの方は怪物の中の怪物。悪魔の中の悪魔です」


「ハッハッハッ。さよう。我輩は悪魔の中の悪魔。ルキフェルである」


 少年は腕組みをしたまま、愉快そうに高笑いしている。この少年が本当に悪魔かどうかはともかく、地獄耳であることは確かなようだ。


「アルペジオさん、知り合いなんですか?」


「ええ、まあ……。」


 珍しく口ごもるアルペジオ。よほど会いたくなかった相手らしい。


「久しいな、晴志郎よ」


 少年は変わらず腕組みしたままアルペジオを見下ろしている。外見上は明らかにアルペジオのほうが年上なのだが、尊大な態度とアルペジオの本名、しかも下の名を呼び捨てにする様は、王の家臣に対する態度を思わせる。


「まだ生きておられたのですね、少佐殿」


「ハッハッハッ。これはご挨拶だな」


 たっぷりと皮肉を込めたアルペジオの言葉にも気分を害する様子もなく、さも愉快そうに少年は笑う。

 アルペジオがそっと耳元で補足してくれた情報によると、魔法使いルキフェルの本名は道明寺成彰(どうみょうじ なりあき)。先の大戦時の階級は少佐。アルペジオと鏑木の上官だったという。


「見た目はあの通り少年ですが騙されてはいけません。年齢も出自も不明。すでに何百年と生きている妖怪の類です」


 は? 何百年?

 アルペジオも先の大戦の生き証人として大概年齢を重ねていると思っていたが、それ以上の存在がいたとは。悪魔やら妖怪やらの人外に例えたくなる気持ちもよくわかる。

 それにしても、LV100を超えるアルペジオがこれほどまでに警戒するなんて……。

 警視庁所属の魔法使いたちが付けている桜の代紋の意匠が施されたグリムロックではなく、特殊仕様の首輪で魔力を封じ込めているのも伊達ではないということか。

 てっきりアルペジオが魔法犯罪捜査係の最終兵器だと思っていたが、実はそうではなかったという事実に、言いしれない違和感を覚える。なんというか……モヤモヤ? それともムカムカ?

 うーむ。自分でもよくわからないが、とにかく複雑な気持ちだ。


「でも、アルペジオさんのほうが強いんでしょ?」


 分析のできない複雑な気持ちを抱えたまま思わず子供じみた言葉を口走ってしまう。

 何言ってんだ、僕は?

 アルペジオは一瞬きょとんとした顔で僕をまじまじと見つけてから、顔を上げて大きく笑う。


「あはははははは」


 いや、そんなに笑わなくても。

 僕だって自分でも馬鹿なことを言ったと思って恥ずかしいんだから。


「捜査官殿。あのお方と比べたら、私の魔法なんて子供のお遊戯みたいなものですよ」


 それほどまでなのか。

 改めてルキフェルと呼ばれる少年のほうを見ると、僕を品定めするように見ている。


「貴様が晴志郎の信を得たという新任捜査官か。ふん……。なかなか良い面構えではないか。よかろう。我輩のことを魔王様と呼ぶことを許す」


「は? 魔王?」


 何言ってんだ、このクソガキは?


「魔王ではない。魔王様と呼べ。我輩の魔力の凄まじきこと、とても魔法使いなどというケチな肩書きでは表現しきれぬからな。魔王あたりが相応しかろうて」


「は、はあ……」


 ほんと何言ってんだ、こいつは。

 困惑して助けを求めるようにアルペジオと竜崎係長のほうを見るが、二人とも諦めろと言わんとばかりに首を振るだけ。

 まいったな……。

 仕方ない。これも仕事だと思って割り切ろう。


「わ、わかりました。よろしくお願いします、魔王様」


「うむ、よろしい。いざゆかん。血塗られた闇の饗宴へ。ハ~ッハッハッハッハッハッ!!」


 まだ昼時の大学病院の、しかも緊急車両専用入口に似つかわしくない悪魔……もとい魔王ルキフェルの笑い声が高らかに響き渡った。