エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode119
悪役令嬢、ジュエルチェックをのぞき見る。《アホーボーン編》
「言っておくが貴様のことは一切認めていないぞ、アホーボーン。俺のことをジュエルと呼ぶことも許さん。ジュエルバトラーさんと呼べ」
ジュエルの突然かつあまりの豹変ぶりに、イグナシオが戸惑ってあたふたとしている。
可愛いけど可哀そう。あれではいきなり嵐の中に放り出されたようなものだ。
しかし当のアホーボーンは状況がよく呑み込めていないのか、きょとんとした顔をして聞き返す。
「え? なんで?」
「なんで? なんでだと? 先代魔王の貴様の職務怠慢のせいで本来なら無罪で天国行きだったはずのお嬢様が冤罪で地獄に堕ちてしまわれたというのに、なんでだと? お嬢様のお慈悲で俺には伏せておられたようだが調べはついている。貴様の罪は叔父のネコタローと同じく万死に値するものだ。ネコタローの場合、情状酌量の余地ありと見て執行猶予をつけてやったが貴様はそうはいかん。反省の色も伺えぬし、この場で即刻処刑にしてやる」
「やだなー。ちょっと待ってよ、ジュエル氏」
「ジュエルバトラーさんと呼べ」
ジュエルは殺気だった瞳で睨みつけるが、アホーボーンはどこ吹く風、素知らぬ顔だ。
このあたりの度胸というか図太さは、さすが元魔王と評価すべきか?
「確かに僕の職務怠慢のせいでお姉様は天国へは行けずに地獄へ堕ちた。けど、この天国の有様はジュエル氏も身をもって知っているでしょ? 天国じゃなくて地獄に堕ちたのは不幸中の幸いだと思うんだけど?」
「それは問題のすり替えだ。貴様の言わんとするところはわからんでもないが、それは結果論であって貴様の罪が軽減されるものではない」
「でも、地獄に堕ちたおかげでお姉様はたくさんの仲間たちと出会うことができたし、イグナシオお兄様という弟もできて、アリア姫という無二の親友までできたわけじゃない。そしてついには地獄の魔王の座まで手に入れた。地獄に堕ちていいこと尽くめだと思うけどなー」
「それはすべてお嬢様の才覚によるものだ。貴様のおかげではない」
うん、これはジュエルに賛成。
諸悪の根源であるアホーボーンがドヤ顔で言うことではない。
「うえーん、イグナシオお兄様ー。ジュエル氏が僕をいじめるよー」
分が悪いと見て、小さな兄に泣きつくアホーボーンは傍から見ても卑怯者以外の何者でもない。控えめに言ってクズだ。ゴミだ。
「まあまあジュエルさん。アホーボーンもこうして反省しているようですし、そのあたりで許してやってもらえませんか?」
「「反省!? どこが!?」」
いけない。思わず声に出してしまった。
けど、ジュエルとハモったからバレずに済んだ。
「口にこそ出しませんが、おどけて見えてもアホーボーンだって罪悪感で内心苦しんでいるはずです。それに、お姉様が再び闇魔法を使えるようになったのもレベル99という人間の限界を超えられるようになったのも間違いなくアホーボーンの手柄です。ジュエルさんが天国にいることを突き止めたのもアホーボーンなんですよ? 言うなれば彼はエトランジュお姉様とジュエルさんの再会をお膳立てした立役者なわけです。そのあたりも加味してやってもらえませんか?」
「イグナシオお兄様っ……!」
心の内を見抜き、そのうえで自分のことを守ってくれる幼い兄。
アホーボーンにはその小さな兄の小さな背中が今はとてつもなく大きく見えていることだろう。ワタクシまでトゥンクと胸がときめいてしまうぐらいだ。
「ううぅ、むぐ…………」
歳不相応な聡明さを持つ弁護人イグナシオの理路整然とした爽やかな弁舌に、さしもの冷血監査人ジュエルバトラーもたじたじだ。
「し、しかしですね、イグナシオ様……」
「お願い。許してやって、ジュエルさん」
手を合わせて祈るようにして懇願するイグナシオ。瞳までうるうるさせている。
これはずるい。これはあざとい。
イグナシオも計算づくだろうし、ジュエルとて百も承知に違いない。
それでもこのイグナシオの可愛さと健気さを無下にできる人間がいるとしたら、もはや人間ではない。それこそ悪魔だ。
「む、むむむ……」
あら珍しい。あの冷静沈着泰然自若なジュエルが顔を真っ赤にしながら百面相している。
ぷっ、くくく……。あー、おかしい。ジュエルがあんな表情を見せるなんて。
これ以上アホーボーンを追及すればジュエルの悪魔が確定する。
ジュエル自身、それをわかっていて追及の手を緩めるか、このまま断罪するかの狭間で大きく揺れて葛藤している真っ最中なのだろう。
「んむむむむ………………………………ぷはぁっ! ……やれやれ、仕方ありませんね。わかりましたよ。ここはイグナシオ様に免じて無罪放免としましょう」
「ふふっ。ありがとう、ジュエルさん」
無邪気なイグナシオの笑顔に笑顔で返すジュエル。
「ふふ。ありがとう、ジュエル氏」
「調子に乗るな、アホーボーン。俺のことはジュエルバトラーさんと呼べ」
無邪気なアホーボーンの笑顔に殺意で返すジュエル。
すべて一件落着とまではいかないようだが、ネコタローとアホーボーンに対するジュエルのわだかまりも、これから待ち受けるであろう艱難辛苦を共に乗り越えていくことで、いつしか氷解してくれていると信じよう。
彼らなら、きっと大丈夫。…………たぶん。