エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode127
小休止:悪役令嬢、天国でグルメ紀行。 《チョコレートパフェ編》
イグナシオがすねている。
愛する我が弟イグナシオの料理当番の日がやって来るのを今か今かと待ちわびて、ようやく訪れた今日。
しかし、肝心のイグナシオはなぜかすねている。
「ねえ、イグナシオ。何をそんなにすねていますの?」
「子供じゃないんだから、すねてなんかいないよ」
と言って、口をとがらせてプイっと顔をそむけるイグナシオ。
いや、すねてるじゃん。
そして、子供じゃん。
実年齢は10歳と完全に子供だし、態度は精神年齢がまだまだお子ちゃまだということを証明している。
「怒っていますの?」
「うん、怒ってるよ」
あれま。
何やら怒っているらしい……。
うーん。正直なところ、心当たりがないわけではない。
たとえば、クリーニング工場で洗脳ロボット(のちにイグナシオがそう名付けた機械)たちと戦った際、ワタクシがイグナシオのすごさを自慢したくて秘密の特訓の末に編み出したる合体技『姉弟神器』をお披露目したときのこと。
つい張り切って回転しすぎた結果、イグナシオが目を回して気絶してしまったのだ。
もしかして、あれか?
あのときのことを怒っているのか、弟よ。
それとも、Gの来襲に混乱したワタクシが闇魔法メテオを艦内からブッ放したせいで、黒猫型移動要塞マカロンを顔面崩壊させてしまったことを怒っているのか?
マカロンの整備および改良、艦内の増築などを一手に引き受けているイグナシオとしては我が子を傷つけられたも同然。怒るのも当然だ。
でもね。あの恐怖の生命体Gに襲われたわけですのよ?
多少の混乱は致し方なきこと。不可抗力として大目に見てほしいものですわ。
ところがイグナシオに尋ねてみると、怒りの原因はそのどちらでもないという答えが返ってきた。
んん~?
だったら、我が弟は何を怒っているというのだ。
「ねえ、イグナシオ。何を怒っているのか教えてちょうだい」
「………………Gに襲われたときのことだよ」
ほらね、やっぱりGが原因じゃありませんの。
Gは悪の元凶。Gは世界の災厄。よってGを絶滅させるべし。
……ちなみにワタクシがあまりにもGのことを恐れ嫌うものだから、仲間たちもGと呼ぶことにしてくれたようだ。ありがたや。
「やっぱりGに襲われてマカロンを壊しちゃったことを怒っていますのね?」
「違うよ! そうじゃない。壊れたものは直せばいい。だからそれは別にいいんだよ。そうじゃなくって、ボクが怒っているのはお姉様が死んじゃうかもしれないと思って……。いくらGが苦手だからって艦内で禁呪を使うなんて無謀だよ。やり過ぎだよ。もし、お姉様が死んじゃったらボクは……。ボクは…………」
最後は声を震わせて、涙ぐむイグナシオ。
こうして見ると、まだあどけなさの残る普通の10歳の少年だ。
あまりの天才ぶりに、ついつい忘れそうになるが我が弟はまだまだ多感なお年頃の少年なのだ。
「あらあら。ワタクシのことを心配してくれたのね。そしてワタクシとお別れすることがそんなに怖いのね。ふふっ。ありがとう、イグナシオ」
可愛い弟の小さな体をギュッと抱き締めて、おでこのところにチュッと口づけをしてあげる。
「も、もうっ! ボクは子供じゃないんだから、やめてよね」
いいえ、まだまだお子ちゃまですとも。
これからも子供らしく、この美しいお姉様にうんと甘えてほしい。
「も、もういいってば! わかってくれればいいんだよ。だから、もう放してよ」
それでも放さずにもう一度強くギュッと抱き締めてから、イグナシオを解放する。
「……揚げ足を取るようですけれど、ワタクシはもう死んでいますわよ? ついでに言うとイグナシオ、貴方もね」
「わ、わかってるよ、そんなこと! 二度と会えなくなるかもしれないと思ったら、どうしようもなく怖くなったってことを言いたかったんだよ! ……もう、いちいち全部言わせないでよね、恥ずかしい」
ふてくされて照れるしぐさが、これまた可愛い。ライス三杯はいけそうだ。
でも、ここで可愛いなんて言ったら余計に怒られそうだから黙っておく。
さてさて。
イグナシオのご機嫌も回復したようだから、そろそろ頃合いだろう。
「それでイグナシオ。今日は何を食べさせてくれるのかしら?」
「うん。せっかくならボクの一番好きなスイーツをお姉様に食べてもらいたいと思ってね。というわけで、今日の3時のおやつは『チョコレートパフェ』さ!!」
でででんっ!!
イグナシオが、さあどうだ!と言わんばかりのドヤ顔で取り出したるは細長いグラスに、これでもか!と言うほど盛り付けられたカラフルな甘味たち。
さまざまな甘味が一堂に会するという意味では過日のプリン・ア・ラ・モードによく似ている。
いい機会だ。プリン・ア・ラ・モードと、このチョコレートパフェとやらの違いを比較しながら楽しんでみるとしよう。
どれ。
まずは共通点の確認から……。
真っ白な雲のようなホイップクリームを、妙に面積が小さく、妙に柄の長いスプーンでひょいとすくい上げて口に含む。
うーん!
この滑らかな口どけは、まさに雲。ふわふわと口の中で溶けていく甘い雲。
イチゴ、みかん、サクランボ、バナナも一つ一つよく厳選されたものを使用している。
手抜きは一切ない。さすが我が弟と誇らしい気持ちになる。
さて、と……。
ここからはプリン・ア・ラ・モードにはなかった領域だ。チョコレートパフェとの本当の戦いが今、始まる。
目指すは、パフェ専用と思しきグラスの中央部にどっしりと鎮座する真っ白な山、そしてそれになみなみと注がれた焦げ茶色の液体状のチョコレート。これこそがチョコレートパフェをチョコレートパフェたらしめる必要不可欠な要素と見た。
我、敵主力部隊ヲ発見。タダチニ突撃ヲ開始ス。
いざ参らん。
ぱくっ。
冷たい!!
甘い!!
ほろ苦い!!
三つの異なる感覚が同時に口内を駆け巡る。
これを一言で言い表すならば……美味しい。
いやダメだ。こんな子供のような表現しかできないようでは語彙が乏しい教養のない人間だと思われてしまう。それでは公爵令嬢としても魔王としても立つ瀬がない。
ならば、もう一口。もう一口。と口にするが、結果は同じく冷たくて甘くてほろ苦くて、一言で表現すると、美味しいとしか言えない。
いやいや、こんなことでは魔王として地獄の悪魔たちを率いることはできない。
冷静になれ、冷静になるのだ、エトランジュ・フォン・ローゼンブルクよ。
貴方はやればできる子。落ち着きなさい。
ひっひっふー、ひっひっふー。
目を閉じて、深呼吸して、全神経を集中し、全身全霊をもって味わおう。
ぱくりっ。
よし、いいぞ。この冷たさの正体は……氷菓だ。
プリン・ア・ラ・モードで使用されていたアイスクリームとは異なる。もっとクリームのように柔らかい氷菓だ。
普通なら凍らせるとアイスクリームのように硬くなるはずなのに、なんなのだ? このトロリと口の中でとろける柔らかさは?
きっとエーデルシュタイン王国にはない未知の、おそらくはイグナシオの故郷である地球の科学技術で生み出されたものに違いない。
なるほど、科学技術でスイーツを進化させられるのであれば、同じように魔法技術によっても進化する道があるのではないか? そう考えれば、スイーツの可能性は無限大だし、それをすべて味わい尽くそうと思うと寿命が100歳や200歳では到底足りない。最低でも1000歳は生きたいところだ。
ん? けど考えてみたら、もうすでに死んでるわけだし、案外いけるかもしれないぞ、1000歳。
……少々脱線してしまった。いけない、いけない。集中、集中。
お次は甘さ。
鼻を抜けていく甘い香りの正体はヴァニラだ。そして、この甘くて柔らかい氷菓の根幹をなすものは牛の乳だ。
上質なミルクと砂糖を使用している。それはわかる。しかし、それだけでこの濃厚な味わいと甘さを出せるものだろうか……?
そうか、練乳だ!
ミルクと砂糖を鍋で火にかけてゆっくり水分を飛ばしてやると、ミルクと砂糖の旨味と甘みが凝縮された練乳が出来上がる。それと同じ要領で、この甘くて柔らかい氷菓も味を濃縮させたのか。やるな、イグナシオ。
そして、最後のほろ苦さの正体は言うまでもなくチョコレートだ。
甘く濃厚な氷菓との対比を強調するために、あえてビターに仕上げているところが二重丸だ。更には力強いカカオの香りがヴァニラの香りと融合してこの世ならざる魅惑の甘い夢の世界へと誘ってくれる点には花丸をあげたい。
現在、我が地獄の軍団において財務大臣、魔導兵器開発大臣を兼務しているイグナシオではあるが、この分ならスイーツ大臣であるスイーティアの補佐としてスイーツ副大臣に任命してもいいかもしれない。
それで何をするのかというと、もちろんイグナシオの持つ科学技術と魔法技術の粋を集結して未知の新型スイーツを開発するのである。うーん、無限に夢が広がりんぐ。
これは決して私利私欲のためではない。あまねく世界にスイーツの素晴らしさを広めるための言わば社会貢献、ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)だ。
「なんだか幸せそうだね、お姉様」
「ええ、もちろん。可愛い弟にこんなに素敵なスイーツを作ってもらえるなんて姉冥利に尽きるというものですわ」
ワタクシの言葉に破顔するイグナシオ。
念のために補足しておくが、破顔と言ってもイグナシオの顔面が黒猫型移動要塞マカロンのように破壊されたという意味ではない。パッと笑顔になったという意味だ。
ざくっ。
「んん?」
柄の長いスプーンをグラスのほうへ突き刺すと、妙な手応えアリ。
夢中になって食べているうちに、グラスからはみ出した地上部分はすでに完食。いつの間にやら地下を掘り起すフェイズに突入していた。
先程の妙な手応えの正体を確かめるために、再度スプーンを地中奥深くへと送り込んで探索に乗り出す。
気分はエトランジュ・フォン・ローゼンブルク探検隊だ。
ずぶずぶずぶ。
柄の長いスプーンが伝説の聖剣のようにチョコレートパフェに突き刺さる。
ざくっ。
うむ、手応えアリ。
我、未確認物体ヲ発見セリ。タダチニ調査ヲ開始ス。
何やら乾いた手応えの未確認物体を発掘してみると、そこには氷菓の白とチョコレートの黒にまみれた黄色くて平たい物体が姿を現した。
……これ、なんぞ?
……食べられるの、これ?
しかし、イグナシオともあろう者が食べられない物を混ぜるはずがない。また、彼の一番好きなチョコレートパフェにわざわざ美味しくもない異物を混入させるはずもない。
つまり、この黄色い未知の物体には意味があるのだ。チョコレートパフェになくてはならない、何らかの意味が。
グラス越しに横から眺めてみると、底のほうに黄色い物体が所狭しと折り重なっているのが見える。一瞬、かさ増しかと思ったがイグナシオがそんな姑息な手段を取るわけがないと頭を振って、つまらない疑念を振り払う。
「それはコーンフレークだよ、お姉様」
コーンフレークとな?
この世に生を享けて17年。初めて耳にする名だ。
イグナシオを見ると、ニコニコとワタクシが食べるのを楽しみに待っている様子だ。
よし、乙女は度胸。
ここはイグナシオを全面的に信じて、千尋の谷から飛び込むつもりで、一口に頬張るとしよう。
えいっ!
ざくっ。ざくっ。ざくっ。
こ、これは……。
冷たい、甘い、ほろ苦いの三重奏に、香ばしさと歯応えが加わって見事な五重奏を奏で始めたではないか。
香ばしさは植物由来の何かだ。しかしその正体はまったく想像がつかない。
コーンフレークと言っていたから、トウモロコシを使っているのだろうか? けれども、目を閉じて広大な大地と生産者の顔を思い描こうと試みるも、ちっともイメージが湧かない。こんな食べ物があるのか? これも地球の科学技術で開発されたものなのだろうか?
ざくざく、もぐもぐ。ざくざく、もぐもぐ。
ざくもぐ、ざくもぐ。
頭に疑問符を付けながらも、どんどん掘り進めていく。
溶けだした氷菓とチョコレートに充分に浸されたコーンフレークは次第にふにゃりと柔らくなっていく。歯応えの変調だ。気持ちを新たに更に掘り進めていく。
もう最後のほうは氷菓が完全に溶けて、濃厚なミルクとチョコレートソースの飲み物へと変化しつつある。これをグラス片手に、もう片のほうの手を腰に当てて、グイっと一気に飲み干したい衝動に駆られるが、それは年頃の令嬢にあるまじき、はしたない行為。本音ではやりたいところだけれど、ここはぐっと堪えて我慢する。
……どこでお母様が見ているか、わかったものじゃありませんからね。
そして、そっと最後の一口に向けてスプーンを送り込む。
通常のスプーンだとすくい上げる面が広くて大きいため奥まで届かないところだが、このスプーンだと難なく届く。なるほど。だから、このスプーンは面積が狭くなっているのか。
すると妙に長いと思っていた柄の部分は最後の一滴まで余すところなくすくい取るためのものだったのか。
何という細やかな気遣い。何という知恵と工夫。
さりげなく見えるが、この何気ないスプーンに込められた最後まで美味しく食べてほしいという職人の想いと情熱が、最後の一口を更に特別なものにしてくれる。
そうか。こういう職人が住む世界でイグナシオは生まれたのか。
「……ごちそうさまでした」
「どうだった? ボクの大好物のチョコレートパフェは?」
「とっても美味しかったわ」
これまで地球に対しては、激辛料理と銃器兵器のイメージしかなかった。
しかし、チョコレートパフェのおかげで別の側面を知ることができた。
地球も存外悪くない世界なのかもしれない。
いつか機会があれば地球へも行ってみよう。
もちろん、そのときはイグナシオを死に追いやった連中を見つけて、地獄送りにしてやりますとも。
ええ、姉として当然のことですわよね?
あー、なんだか楽しみになってきましたわね。
けど、何はともあれ、まずは初志貫徹しなくては。
そう。神殺しの時間ですわ!!