キマイラ文庫

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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode110

悪役令嬢、天国はテキトーでした。

 地獄からやって来た美しき魔王。久しく国交を断絶していた両国の懸け橋となる友好の使者。平和的解決のためにわざわざそんな演出を施して差し上げたのに、心無い天国の住人たちの言葉の暴力により、友好の道は脆くもご破算となった。


「かくなる上はやむを得ませんわ。言葉の暴力には、力の暴力で応えようじゃありませんの。さあ、天国の皆さんに地獄を見せて差し上げましょう」


「お待ちください、ご主人様。確かに彼らの言葉には怒りを禁じえませんが、さりとて彼らは無辜の民。何卒ご再考を」


 覚悟を決めた表情でワタクシをいさめようと試みる侍従長ヒッヒ。

 魔王に判断を撤回させようというのだ。相当な勇気がいったに違いない。その勇気の源泉はワタクシに誤った選択をさせてはならないという忠義心だ。


「侍従長の申す通りです。我ら地獄の悪魔、罪を犯した人間を罰することに誇りを持っておりますが、罪なき者を手にかけるのは地獄の名折れにございます」


 呼応するように総参謀長エリトも忠言する。


「……ありがとう、二人とも。どうやらワタクシが間違っていたようですわ」


 ワタクシが翻意したことに、ほっと胸をなでおろすヒッヒとエリト。

 魔王になってもこうして苦言を呈してくれる仲間たちがいてくれるのは大変心強い。忠臣気取りでご機嫌取りばかりしているエーデルシュタイン王国の貴族たちとは大違いだ。

 この仲間たちがいてくれれば、ワタクシは裸の王様ならぬ裸の魔王にならずに済むだろう。


「おかげで冷静になれましたわ。……まったく、いやですわね。ワタクシって、なぜだかいつもこんなふうにトラブルに巻き込まれてしまいますのよ?」


「いやいや、いつも自らの言動でトラブルを呼び込んでいるようにしか見えないのだが?」


 ワタクシの愚痴にすかさずツッコミを入れるのは、いつの間にか足元で丸くなっているネコタローだ。


「あら、自業自得だと言いたいのかしら、ネコタロー? ワタクシは降りかかる火の粉を振り払っているだけでしてよ」


「いやいや、あちこちに放火して回っているようにしか見えないぞ」


「失礼ね。ワタクシは放火魔じゃありませんことよ」


 地獄や天国を焦土と化して差し上げようと思ったことはあるけれど。

 そんなワタクシとネコタローの軽妙な会話に先代魔王アホーボーンが加わる。


「お姉様は無自覚系ヒロインってやつだね」


 よくわからないけど、少なくとも放火魔よりはマシだろう。ヒロインって付いてるし。


「ところで、この天国の住人たち。僕が調べたところでは、たぶん洗脳されてるよ」


「洗脳ですって?」


 ぎょっとする単語が出てきたため、反射的に問いただす。

 天国で洗脳とは穏やかではない。


「どういうことですの?」


「もともと天国は神を頂点として、その使徒たる天使たちが住む場所のことを指すのであって、決して人間が住むために作られた場所じゃない。天国に住むことを許される人間は、神の独断と偏見と運で選ばれた、ごくごくわずかな人間だけなんだよ」


「運……?」


 独断と偏見はわかるけど、運って何だ? どういうこと?


「全知全能の神とて実際にはすべてを見ているわけじゃない。すべてを見るのは土台無理だし、最初から見る気もないと思うよ。だから運も重要なファクターなのさ」


「それって、運が悪いと善人でも地獄に堕ちる可能性があるってことですの? ワタクシやスイーティアのように。そんなテキトーな……」


「そんなテキトーな管理体制だから、次第に神の御名の下に甘い汁を吸いたい連中、たぶん天使たちだろうけど……そいつらが天国に行く人間を自分たちの都合のいいようにコントロールするようになったんだろうね。「あなたは神と天使に選ばれた人間です」って殺し文句で持ち上げられたら大抵の人間は簡単に洗脳にかかっちゃうと思うよ。誰だって少なからず承認欲求や選民意識はあるだろうからね」


 人間の心の弱さに付け込んだ洗脳というわけか。とっても気に入らない。


「神も天使もロクでもない連中のようですわね」


 それまで大人しくワタクシたちを見上げて様子を見ているだけだった天国の住人たちの間に張り詰めた冷たい空気が漂う。


「偉大なる神に対して暴言を吐きましたね」

「神への冒涜は赦しません」

「赦しません」

「赦しません」

「赦しません」

「赦しません」

「赦しません」

「赦しません」

「赦しません」


 先刻まで数えるほどしかいなかった住人たちが、いつの間にか猫型移動要塞マカロンを取り囲む群衆と化している。

 皆、無機質な表情で虚ろな目だ。どう見ても正常ではない。


「赦しません」

「赦しません」

「赦しません」

「赦しません」

「赦しません」

「赦しません」

「赦しません」

「赦しません」

「赦しません」

「赦しません」


 群衆というよりも、もはや暴徒と化す寸前。

 これが悪意をもって敵対する者たちならば、ワタクシとて遠慮はしない。

 だが、目の前にいるのは無辜の民、洗脳され、神と天使に利用されている哀れな人々だ。力ずくで排除するわけにはいかない。

 さて、このピンチ、どうしたものか……?


 ぽくぽくぽくぽく、チーン♪


「ひらめきましたわ!!」


「一体、何をひらめいたのですか、ご主人様?」


 どうせロクなものじゃないと決めてかかったような顔をするのはおよしなさい、エリト。無辜の民を暴力で傷つけずに、なおかつジュエルの居場所を聞き出す一石二鳥のナイスなアイデアを思い付いたのだから。


「目には目を、歯には歯を、洗脳には洗脳を。より強力な洗脳を施して、洗脳を上書きしちゃえばいいのですわ。ワタクシって天才♥ おほほほほほ」


 その「何をとち狂ったのだ、うちの魔王様は」と言いたげな顔もおやめなさい、ヒッヒ。


「……というわけで、今から彼らを拷問します」