キマイラ文庫

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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode142

小休止:悪役令嬢、天国でグルメ紀行。 《ティラミス編》

「さあ、召し上がれ」


 お母様の優しい声が鼓膜をくすぐる。

 目の前にはお父様の大好物である、お母様お手製のスイーツ『ティラミス』が人数分並んでいる。

 ワタクシと、お母様、そしてお父様の分は大盛りで。


 ここは黒猫型移動要塞マカロンにある応接室。

 大勢のお客様をお迎えできるよう、ローゼンブルク公爵家の邸宅と遜色のないサイズと調度品で整えてある。

 無事に天国での冒険(侵略)を終えたことだし、今日はここで久しぶりの家族団欒水入らずのティータイムを楽しむことにしたのだ。


「おお、来た来た」


 嬉しそうに手を叩いて破顔するなお父様。

 一方、ワタクシは曇り気分。子供の頃からスイーツが大好きだったワタクシだが、このティラミスだけは少々苦手なのだ。そのせいでせっかくの水入らずはどんより曇り模様。

 理由は単純明快。ティラミスがスイーツのくせに苦みが結構強いからだ。

 甘さを求めてスイーツを食べるのに、なぜわざわざ苦くするのか? まったもって理解に苦しむ。

 スイーツに苦みなんていらない。苦みはスイーツの敵だとすら思う。


「どうしたのだ、エトランジュ? スイーツは大好きだろ?」


「え、ええ、まあ……」


「あなた。エトランジュは、ティラミスが苦手なのよ」


 お父様にはバレていなかったようだが、お母様はお見通しだったか。さすがはお母様だ。


「ええ!? そうだったのかい? こんなに美味しいのに……」


 娘が自分の大好物を苦手だと知って、しょげ返るお父様。なんだか可哀そう。


「いえ、大丈夫ですわ。いただきます」


 お母様は、貴族の奥方としては珍しくお料理が得意だ。どれも美味しかったが、数あるレパートリーの中でも一番よく食卓に上り、一番印象に残っているのは、やはりこのティラミスだろう。

 久しぶりの母の味。もう二度と食べることはできないと思っていた味。

 ここは、ありがたくいただくとしよう。


 ぱくっ。


 この相変わらず何とも言えない不思議な味。記憶の中の味と同じだ。

 目を閉じると、幼少の頃を思い出す。

 家族三人、和気あいあいと楽しく食卓を囲んでいた。

 あの頃は毎日笑顔だった。


 ティラミスの名誉のために申し上げておくと、ティラミスは決してマズいわけではない。

 スイーツをスイーツたらしめるための充分な甘み。

 滑らかな舌触りの生クリーム。

 しっとりとしたスポンジがほろほろと口の中でほぐれている感触も悪くない。

 卵とチーズの味わいも濃厚で、スイーツとして申し分ない。


 だが問題は、ここからだ。

 ティラミスが唯一苦手なスイーツになっている理由であるところの苦み。その苦みの正体はコーヒーとココアだ。

 断然紅茶派のワタクシは、コーヒーを飲まない。コーヒーの香りは好きなのけれど、あの苦みがどうしても……ね?

 ココアは砂糖とミルクたっぷりのものは子供の頃から大好きだった。しかし、甘みの一切ない純粋なココアパウダーは苦手だ。苦みもさることながら渋みもあり、子供の舌には合わなかったから。


 しかし――

 今まさに食べるティラミスは、子供の頃に食べたものとまったく同じもののはずなのに美味しく感じる。

 ティラミスって、こんなに美味しかったかしら?

 ちゃんと苦みは感じる。それでも美味しいと感じるのは、なぜか?

 これは一体……?


「ふふっ。あれからもう十年経つものね。エトランジュも17歳。大人になるにつれて味の好みに変化が出るのは当然よね」


 なるほど。成長に伴う好みの変化か。

 確かに子供の頃は食べられなかったピーマンやニンジンも今は美味しくいただくことができる。それと同じか。

 ……お母様は何でもお見通しだな。


「おお、エトランジュ。ティラミスの美味しさをわかってくれるか?」


「ええ。美味しいですわ。お父様が大好物とおっしゃるのがよくわかります」


「そうだろう、そうだろう」


 娘が自分の大好物を好きになってくれて、この上なく嬉しそうなお父様。

 ワタクシもお父様の大好物を美味しく味わえたことを嬉しく思う。


「味覚は大人になったみたいだから、もう少し行動も大人になってくれるといいのだけれど。早く一人前の淑女(レディ)になってほしいものですわね」


 おっと、想定外の攻撃が来たぞ。

 だけど、抵抗したところでお母様にはとてもかないそうにないし、全面降伏するわけにもいかないから、急ぎティラミスを完食して戦線離脱するとしよう。


 いつかワタクシもこのちょっと口うるさいけど、愛情あふれる偉大なお母様を超えられる日が来るのだろうか。

 普通、貴族の奥方ともなればキッチンに立つことはまずない。料理に限らず、家事全般は使用人任せというのが常識だ。

 しかし、普通ではないお母様はここぞという場面、これぞという料理は、必ず手作りの料理を出す。愛する家族のために愛情たっぷり込めることに意味があるというのが、お母様の揺るぎないこだわり。我が母ながら素晴らしい考えだ。


 ワタクシは食べるの専門だけど、お母様を見習っていつか手作りの料理を家族に振る舞える女性になりたい。

 そして、お母様のような立派な淑女(レディ)になりたいと思う。




 第2楽章 天国編

     完