キマイラ文庫

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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode109

悪役令嬢、未知との遭遇。

 天国の門を通過し、猫型移動要塞マカロンで天国上空を飛行すること数時間。ただただ広大な緑と青空ばかりと思われた天国にようやく居住地らしき場所が見えてきた。

 地獄と天国は国交を断絶して久しい。しかもその理由は先々代魔王のネコタローさえも知らず、先代魔王アホーボーンが得意のハッキングとやらで調べてみてもついに判明しなかった。

 地獄と天国が喧嘩別れした理由なんて、この際どうでもいいし、興味もない。どうせ当事者以外の人間が聞いたら「アホくさ」と一笑に付すような理由だろう。歴史なんてのはそんなもので、歴史の担い手たる為政者の多くはその程度の連中だ。


 とはいえ、おそらく今でも天国の住人たちが我ら地獄の住人に対して決して良い感情を持っていないであろうことは容易に想像できる。ワタクシが知りたいのはその感情のレベルだ。

 神だけが地獄を敵視しているのなら神だけを直接狙うという選択肢もあるし、反対に天国の住人がこぞって地獄をレベルマックスで憎んでいるなら、こちらも相応の対処が必要となる。

 ワタクシは戦闘民族でも戦闘狂(バトルジャンキー)でも戦争屋(ウォーモンガー)でもない。できる限り無駄な争いは回避したいと常々願っている。だから、そのためもまずは現地で情報収集して、温度感を直に把握しておきたいのだ。


 猫型移動要塞マカロンが着陸できそうな場所に目星を付けると、総員着陸態勢に入る。

 眼下には天国の門と同じ白い石造りの庭園があり、ちらほらと人影も見える。

 彼らは突如として上空に現れた未確認猫型飛行物体に驚きを隠せない様子で、あたふたと逃げ回る者、指をさして大声で叫ぶ者、板のようなものをこちらに掲げる者と、その反応は三者三様だ。


「はて? あの彼らが手にしている板状の物体は何でしょうか?」


 作戦行動中のため再び総参謀長の任に就いているエリトが、ちょうどいい具合にワタクシの気になっていたことを口にしてくれる。


「あれはスマートフォンだね。へー、天国には携帯電話が普及しているのか」


 操縦かんを握るイグナシオが意外そうに答える。

 イグナシオの説明によると、携帯電話とは遠距離にいる者同士が会話できる通話装置で、スマートフォンはそれをさらに進化系させたものだという。インターネットなる技術を使えばキーワードを入力するだけでありとあらゆる情報をたちまち入手でき、映像や静止画を記録できる付属機能まであるらしい。話だけ聞くと魔法のような技術である。

 そのような科学技術を有する天国の住人たちであれば、理性的かつ友好的に話し合いができる可能性がある。


 着地した猫型移動要塞マカロンから降機用の階段(タラップ)が降ろされ、乗降口の扉が開く。

 悠久の時を超えて天国への第一歩を踏み出すのは、もちろんワタクシだ。

 仲間たちからは危険だからと制止されたが、この役目ばかりは譲れない。

 これは天国の住人たちにとっては未知との遭遇。異界からの侵略者と見なされるか、友好のはじまりを告げる使者と見なされるかは、その第一印象にかかっている。ならば、その大任を果たせるのは魔王にして公爵令嬢たるワタクシを置いて他にいるまい。


「天国の皆さん、ごきげんよう。ワタクシは、エトランジュ・フォン・ローゼンブルク。地獄の魔王です」


 満面の笑みとともに淑女の礼をする。

 ふっ、決まった。

 どうだ、この金貨100万枚に相当するスマイルの威力は。場所が天国なだけに天使と見間違えたとしても誰も責めませんわよ。おほほほほ。


「地獄?」

「魔王ですって?」

「見てよ、あの禍々しい笑い方」

「きっと何か良からぬことを企んでいるに違いない」


 天国の住民たちがざわめく。

 あれ? おかしいな。

 なんだか空気がどす黒く淀んでいくような気配を感じる。


「だから僕はご主人様を最初に送り出すのには反対だったんですよ、エリト伯爵」

「そうは言うが、お前も止めなかったではないか、ヒッヒ」

「僕だってまだ死にたくありませんからね」

「命が惜しいのは俺とて同じだ」


 背後に控える総参謀長のエリトと侍従長のヒッヒが言い争いを始める。

 これこれ。天国の方たちが見ていますのよ。ワタクシを危険物みたい言うのも、その取り扱いの責任をなすりつけ合うのもおよしなさい。


「地獄って悪人たちの魂を浄化するリサイクル業者でしょ?」

「天国の下請け業者だって教わったぞ」

「下請け業者が、なぜ神の使徒たる私たちを偉そうに高いところから見下ろしているんだ?」

「ここは天国よ。地獄の悪魔なんかが来ていい場所じゃないわ」

「悪魔は帰れ」

「そうだ、帰れ帰れ」


 ……ほほう。

 ワタクシが余計な争いごとは回避して差し上げようと、精いっぱいの作り笑顔で親愛の意を示して差し上げたというのに、それを無下になさると? そういうことですか。

 どうやら天国の住人の皆さんは全面戦争をお望みのご様子。そうですか。わかりました。

 ワタクシは貴方がたが崇め奉る神でも仏でもないので、第二の故郷である地獄を馬鹿にされて笑顔のままでいられるほど聖人君子ではございません。

 よろしくてよ。では容赦はいたしません。

 地獄をご覧に入れて差し上げましょう。