キマイラ文庫

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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode116

悪役令嬢、モテ期到来?

「ご主人様、今後のご予定の確認をさせてください」

「お嬢様、今後のご予定の確認をさせてください」


 美しいバリトンのハーモニーが奏でられる。

 これが歌劇鑑賞中であれば、このまま至福の時を過ごしたいものだが、ヒッヒとジュエルの二人が我こそが執事であるとライバル意識をメラメラと燃やしている最中ではそうもいかない。


 ジュエルとは両親がまだ健在の頃、孤児だった彼を執事として雇い入れたときからのご縁だから、ネコタローとスイーティアよりも付き合いが長い。ゆえにジュエルのことは執事というよりも幼馴染だと思っている。

 対するヒッヒはワタクシが地獄に堕ちてからの付き合いだから期間としては短い。けれども地獄での濃密な時間を過ごした中で最初に出会ったこともあり、思い入れは深い。

 幼い頃から執事として身近にいたジュエル。

 地獄で家来になって以来、執事役として寄り添ってくれたヒッヒ。

 執事のジュエルと侍従長のヒッヒ。どちらをそばに置くのかと問われても、ワタクシはその答えを持ち合わせていない。

 できることなら二人には仲良くしてもらって、二人ともそばに置きたいというのはワタクシのわがままだろうか?


「ご主人様、意見具申してもよろしいでしょうか?」


 ワタクシの隣で静かに事の成り行きを見守っていたエリトがお伺いを立ててくる。

 おお! さすがはエリト、地獄の宰相にして我が地獄の軍団の総参謀長。この重苦しい空気を何とかしておくれ。


「もちろん。ぜひ貴方の考えを聞かせてほしいわ」


「私はヒッヒを侍従長としておそばに置かれるのが適切だと考えます」


「……その心は?」


「ジュエルバトラー殿は人間世界では有能な執事だったのでしょう。しかし、我々が住まう地獄、そしてこの天国においても同様に通用するのかと言えば、はなはだ疑問でございます。特に事が戦闘に及んだ場合、ご主人様を殺害せんとする者が現れたときに、命に代えてもご主人様とお守りするという役目を、ただの人間であるジュエルバトラー殿が果たせるものか……いや、果たせないだろうというのが正直なところです」


「ワタクシもスイーティアもただの人間ですけれど、地獄でも充分通用しているのではありませんこと?」


「あなた方はただの人間ではありません。ちょっと異常です。特にご主人様については人間というカテゴリーに分類していいのか怪しいものだと思います」


 異常って言われた。

 しかも、ワタクシについては人間に属するのかも怪しいと言われた。

 だったらワタクシは一体いかなる存在なのか。


 ま、それはさておき、論調から推察するにエリトも地獄の宰相、総参謀長としてジュエルに少なからずライバル意識を抱いているようだ。ヒッヒと同じく、エリトもワタクシのそばで仕えることを誇りに思ってくれている証左と言えよう。

 地獄に堕ちてからいうもの、モテモテだ。モテ期到来。ようやく時代がワタクシに追いついたようだ。


「……そういうことなら、試してみたらどうだ? 俺も地獄の軍団とやらがどれほどのものか確認しておきたい。口ほどにもないようであれば、お嬢様をおそばでお守りする資格なしと見なし、排除させてもらう」


 挑むような瞳でヒッヒを睨みつけるジュエル。

 睨まれたヒッヒも負けずに睨み返し、バチバチと火花を散らす。


「悪魔を相手に喧嘩を売るとは度胸だけは大したものですね。……いいでしょう。お相手してあげなさい、ヒッヒ侍従長」


「わかりました、宰相閣下」


 当事者のワタクシを置いてけぼりにしてスペシャルマッチが決定してしまった。

 殿方同士のプライドを賭けた戦いに口を挟むのは野暮なので、このままワクワクしながら観戦することにする。どちらかがやり過ぎだと判断すれば、即刻、力ずくで止めるけど。


「では、立ち合い人は不肖、この宰相エリトが務めさせていただく。決着はどちらかが戦闘不能になるか降参するまでとし、それ以外は武器の使用を含め一切を認める。双方いざ尋常に……はじめィィッッ!!」


 エリトがルールの説明と試合開始の合図をする。ルールはあってないようなもの。要するに何でもアリだ。

 すでに戦闘状態に入っているヒッヒはいつものように両手に剣を携えている。

 片やジュエルは何も持たずに徒手空拳。


「得物はなくてよろしいのですか?」


「ああ、これで充分だ」


「後悔しても知りませんよ」


 侮辱されたと受け取ったヒッヒの眉間が険しくなる。

 地獄の三人組ヒッヒ、クック、ヒャッハーは今でこそ我が地獄の軍団の幹部であり、新魔王軍の要職に就いているが、ワタクシと出会うまでは地獄のヒエラルキーの最下層にいた。

 そのため地獄の最下層出身だという引け目と、地獄の大幹部に実力でのし上がったというプライドとの狭間を行ったり来たりと複雑な心理を抱えている。

 その心理をただの人間であるジュエルに刺激されたのだ。冷静を装ってはいるが、内心ヒッヒは燃え盛る炎のように荒ぶっていることだろう。


 ワタクシの読みが的中していることを証明するかのように、最初にヒッヒが仕掛ける。

 持ち前のスピードで瞬時に間合いを詰めるが、少なくともスピードという点ではジュエルも負けていない。

 詰められた分だけ距離を取ってヒッヒの剣の必殺の間合いを避けていく。


「逃げるだけでは勝てませんよ?」


 ヒッヒが更に加速する。

 だが、それを狙いすましていたかのように、ジュエルの瞳が鋭く光り、今度は反対に間合いを詰めてヒッヒの懐に入る。


「な、何ッ!?」


 ジュエルが両の袖口に忍ばせていたナイフを取り出し、ヒッヒの喉元を狙う。

 暗器と言うやつだ。

 武器の持ち込みを禁じられている場所でもワタクシを守るためにとジュエルが幼少の頃から磨き上げてきたのが、このナイフによる戦闘術だ。

 不意を突かれたヒッヒだったが、我が地獄の軍団の侍従長は魔王軍魔剣士団長も兼任するほどの剣の達人。剣の腹の部分で間一髪ジュエルの必殺の一撃をしのいだ。


「なっ!?」


 勝ちを確信していた一撃を防がれて、今度はジュエルが驚く番だった。

 その後も攻守交代しながら一進一退の攻防を繰り返す二人。このまま延々と戦いが続くものと思われたが――


「はあっ!!」

「ふんっ!!」


 二人が気合を発し、同時に渾身の一撃を放つ。

 ヒッヒが両手に持った剣は、クロスした状態でジュエルの喉元で止まっている。

 ジュエルが伸ばした右手のナイフは、ヒッヒの心臓の位置を正確にとらえている。


「そこまでですわ。お互いの実力は充分理解できたのではなくて?」


 ワタクシの言葉に二人は無言で同意する。

 武器を収めて、どちらともなく手を差し出し、握手を交わす。


「さすがはご主人様の幼馴染です。まさかこれほどの技量をお持ちとは……お見それしました。失礼の段、ご容赦ください」


「いや、俺も口が過ぎた。無礼な物言いをして悪かった。これまでお嬢様をおそばで守ってきてくれたことについてもどうか礼を言わせてくれ。ありがとう。心から感謝する」


 握手したままの二人が、ふっと口元を緩めて互いを認め合う。

 パチパチパチパチ。

 背後から温かい拍手が沸き上がる。

 見ると、仲間たちが全員集合している。いつの間にか集まってヒッヒとジュエルの戦いを観戦していたようだ。まあ、このスペシャルマッチを見逃す手はないから当然か。

 しかし期せずして、みんなにもジュエルの実力を知ってもらうことができた。これでジュエルを地獄の軍団の一員としても誰も異論を唱えないだろう。うん、重畳重畳。


 ヒッヒには引き続き侍従長として魔王の仕事のサポートを、ジュエルには専属執事としてワタクシのプライベートを支えてもらうことにしよう。

 それだけだとジュエルも暇だと思うから、たまに得意の暗器で敵対組織の要人(たとえば神とか)の暗殺なんかもお願いするのがいいだろう。うんうん。