エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode118
悪役令嬢、ジュエルチェックをのぞき見る。《イグナシオ編》
神との戦いに向けての準備が粛々と進んでいく。
ワタクシは滞りなく事が運んでいるかを確認するため、あちこち視察して回っている最中だ。
これは責任者として重要な役割であって、決して部下が優秀すぎてやることがなくて暇しているわけではない。
神のおわすという神殿の位置は、拷問(こちょこちょ)した天国の住人たちから聞き出した。あとは準備万端整うのを待つばかりだ。
新参者であるジュエルがちゃんと我が地獄の軍団と打ち解けられているか、心配でこっそりジュエルの後をつけてみることにした。
あれでジュエルは人見知りというか、人を選ぶところがある。特にワタクシに近づこうとする者に対して、それが味方であれ敵であれ(特に敵には)容赦がない。
彼がワタクシ以外に心を許したのは我が両親とスイーティア、それにただの黒猫だと信じていた時代のネコタローぐらいのものだ。
そのジュエルがネコタローに次いで声をかけたのはイグナシオだった。
これはもう完全にワタクシの周囲に相応しくない者がいないかどうかの監査……ジュエルチェックだな。
監査される側のイグナシオは、いつでも出発できるように猫型移動要塞マカロンの整備に余念がない。その後ろに金魚のフンのようにチョコチョコとついて回っているのはアホーボーンだ。
イグナシオは地獄に来てから我が弟となった。
子供ながらにワルサンドロス商会を地獄一の武器商人に育て上げた手腕を買って、地獄の新体制においては財務大臣と魔導兵器開発大臣を兼任してもらっている。重責ではあるが、そつなくこなしている。やはり天才少年だ。
秘密の特訓で1ヶ月間を共に過ごしたこともあり、ワタクシたちの間には血のつながりこそないものの絆は深い。
金魚のフンのアホーボーンは地獄の先代魔王で、先々代魔王ギルティアス(現在のネコタロー)の甥っ子にあたる。
ワタクシの平手打ちで目覚めたのか、最近は闇魔法を使えなくなっていたワタクシの魔力回路を整えたり、天国の情報をハッキングしてジュエルの居所を特定したりと、目覚ましい活躍を見せてくれている。
しかし、平手打ちが効きすぎて別の意味でも目覚めてしまったのか、ワタクシのことをお姉様お姉様と呼んで何かと甘えてくるのは勘弁してほしい。
結局なんだかんだで押し切られてしまったワタクシも悪いのだが、遥か年上……具体的には12851歳-17歳=12834歳も年の離れた弟が誕生した。イグナシオと違って、特に絆とかは感じていない。
この知らぬ間に湧いて出てきた二人の弟に対して、幼馴染として執事として長年ワタクシを見守って来たジュエルとしては言いたいことは山ほどあろう。
はてさて、どんな会話が繰り広げられるのか、またもや地獄耳の出番だ。
「イグナシオ様。お忙しいところ申し訳ありませんが、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
胸に手を当て、深々とお辞儀をしながら申し出るジュエル。
慇懃無礼というわけではない。ワタクシや、かつて我が両親に対してとったのと同じ、敬意を込めた礼である。
どうやらジュエルはイグナシオのことをワタクシの弟、そして主としてすでに認めている様子。これは意外。けど嬉しい驚きだ。
「え? ボクに御用ですか? いいですよ、ちょうど最終チェックも完了したところですし、一息入れようと思っていたんです。アホーボーン、キミも一緒に休息するといいよ」
「はい、イグナシオお兄様」
優しくイグナシオに誘われて、満面の笑みで幼い兄のお尻にキュルルン♪とくっついていくアホーボーン。そこには先代魔王としての威厳は一切ない。
それでいいのか、元魔王よ。
「イグナシオ様はもともと地球という人間世界で暮らされていたとか」
ズバリ身元調査から切り込むジュエル。
まさか自身が監査を受けているとは思いもよらず、世間話程度にイグナシオが笑顔で受け止める。
「ええ、地球にはあまりいい思い出はありませんけどね。でも、地獄に堕ちてからは大人だからとか子供だからとか関係なく完全な実力主義で自由にやれたので、大変でしたけど楽しかったです。それにエトランジュお姉様と出会ってからは、もう毎日が楽しくて幸せで、今もこうして元気にやらせてもらっています」
イグナシオったら。
そんなふうに思ってくれているなんて……もうギュッと抱きしめたくなるじゃないの。
「そのお姉様というのは……」
「あ、ジュエルさんからすると突然湧いて出てきたどこの馬の骨ともわからない小僧がお姉様の弟を名乗っているのって不愉快ですよね、やっぱり?」
お、自ら藪をつつきにいったか。勇敢だな、我が弟よ。
「いいえ、そんなことはありません。イグナシオ様は未知の世界の科学技術と地獄の魔法技術を自在に操る天才少年だと聞き及んでおります。しかもただの天才ではない。不幸な運命に負けることなく、苦難を乗り越えて努力し続けられるタイプの天才とお見受けしました。お嬢様が弟にと望まれるお気持ち、よく理解できます」
「本当にそう思う?」
「ええ、本当に。心から。それにイグナシオ様は孤児だったそうですね。俺も孤児でした。エトランジュお嬢様のご両親が俺を拾って執事に取り立ててくださらなかったら、何者にもなれずに短く無味乾燥な生涯を終えていたことでしょう。僭越ながら、このジュエルバトラー、イグナシオ様の境遇には少なからず共感を覚えているのですよ」
ニコリと珍しく屈託のない笑顔を見せるジュエル。
この様子だと、イグナシオは見事ジュエルチェックに合格したようだ。
「あなたも孤児だったんですね。そしてお姉様と出会って幸せを知った。そういうことですね?」
「はい」
「ふふっ、ジュエルさんと仲良くなれそうで嬉しいです。……あ、ジュエルさんって呼んでもいいですか?」
「ええ、もちろんですとも。いかようにもお好きにお呼びになってください、イグナシオ様」
「じゃあ、僕はジュエルって呼ぶね。よろしく、ジュエル氏」
無邪気に会話に参加するアホーボーン。
ああ、これは藪をつつきにいくどころか、虎の尾を踏みにじる行為。勇敢ではなく蛮勇の類だ。
「言っておくが貴様のことは一切認めていないぞ、アホーボーン。俺のことをジュエルと呼ぶことも許さん。ジュエルバトラーさんと呼べ」
地獄の氷河地帯もかくありなんとばかりに瞬時にして場が凍り付く。
やれやれ。ここからは修羅場か。