キマイラ文庫

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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode129

悪役令嬢、弟を草葉の陰から見守る。

 お父様とお母様が何やらソワソワしている。

 両親とご先祖様たちには安全上の問題から、この黒猫型移動要塞マカロンに避難してもらっている。仮にも神に弓引く反逆者の一族なのだ。神の怒りを喰らって一族郎党皆殺しなんてこともあり得える。

「私たちも一緒に戦うぞ!」とゴネられたらどうしようかと心配したが、皆さんあっさり二つ返事で避難することを承諾してくれた。

 彼我の戦力差を冷静に分析し、一緒に戦っても我が地獄の軍団の足手まといになるだけということを理解しているのだろう。さすが我がご先祖様、引き際を心得ていらっしゃる。その適切な判断に敬意を表したい。


 で、目下避難中の両親とご先祖様たちは物珍しいマカロン内部を大はしゃぎで探検中。

 あまりのオーバーテクノロジーっぷりに気絶する方が続出しているのではないかと気になって見回りをしていたところ、デッキでマカロンの修復作業中のイグナシオの後ろ姿をソワソワしながら見つめている両親を発見した。


 あー、あれはあれか。

 娘が勝手に義理の弟にしてしまった子供に、なんて声をかけたらいいか戸惑っている義理の親の図か。

 なんだか申し訳ないですわね。

 ワタクシとしてもまさか両親が天国からずっと見ているなんて思わなかったし、ましてや再会できるなんて思いもよらなかったから、独断でイグナシオを家族として迎え入れたのだ。

 こうなることがわかっていたら、ちゃんと両親には相談していた。何らかの方法で。

 でも、イグナシオを弟にしたことは、これっぽっちも後悔していない。両親にどれだけ反対されようとも絶対に譲らなかった。これだけは断言できる。


「あなたが声をかけなさいよ」


「いや、しかし、相手は子供だから女性から声をかけたほうが怖がらせずに済むのではないかなぁ」


「だったら怖がらせないように優しく声をかければいいじゃありませんこと」


「う、うーむ。そういうものかなぁ……?」


 先程からどちらがイグナシオに最初に声をかけるかで何やら揉めているお父様とお母様。

 情勢は、お母様の尻に敷かれているお父様が劣勢のご様子。お悔やみ申し上げますわ。

 助け舟を出して差し上げたいところだけど、勝手に弟を増やしたことをお母様にぐちぐち言われて藪蛇になりそうだから、ここは静観いたします。

 頑張って、お父様。


「あ、あの、イグナシオくん。ちょっと話をさせてもらってもいいだろうか?」


 よし。

 勇気ある一歩を踏み出しましたわね。それでこそワタクシのお父様。


「はい?」


 何の気なしに振り返ったイグナシオは、声をかけた相手が義理の両親であったことを知り、慌てて直立不動の体勢になる。

 イグナシオったら、あんなにカチコチになっちゃって……可愛い。

 義理とはいえ両親なのだから、そんなに緊張しなくてもいいのに。

 けれど、イグナシオにしてみれば初対面に等しい相手だし、緊張するのは無理もありませんわね。

 頑張って、イグナシオ。貴方はできる子よ。


「あ、は、はじめまして。ボク、イグナシオと言います。なんていうか、そのエトランジュお姉様の一応、弟ってことにしてもらっています……」


 たどたどしい自己紹介から、徐々にトーンが下がっていき、最後はしおしお。両親の知らないところで弟になったことへの引け目と自信のなさが如実に表れている。


「ご、ごめんなさい……! ボ、ボクはその…………」


 ああ、もう見ていられない。

 可愛い弟をこのまま見殺しにしては姉が廃る。

 両親に何と言われようとも、イグナシオはワタクシが守る!!

 と思って飛び出そうとしたのだが――


「何を謝る必要がある。私はね、キミの大ファンなのだよ!!」


「「へ? ファン??」」


 思わずイグナシオとハモってしまった。

 ファン?

 どゆこと……?


「子供ながらに地獄一の武器商人としてワルサンドロス商会を率いる手腕と、それを裏付ける頭脳と科学技術。素晴らしいよ! とりわけエトランジュと巨大ロボット・ギデオンの世紀の一戦には年甲斐もなくドキドキワクワクしたものさ!」


 そうだった。お父様は天国から全部見ていたんだった。

 そりゃまあ、あんな巨大ロボットを見せられたら誰だってほしくなりますわよね。

 乙女のワタクシだって一目惚れしてほしくなったぐらいですから、お父様がほしくなるお気持ち、よーくわかりますわ。殿方はいくつになっても心は少年ですものね。


「あ、あの、お父様……? ボクのこと、怒っているんじゃないのですか?」


「怒る? 何を怒ることがあるんだね? それよりも私のことをお父様と呼んでくれるとは嬉しいな。では、息子よ。私もこれからはイグナシオと呼ばせてもらうよ?」


「は、はい、お父様! ボクも嬉しいです!」


 太陽のような笑顔になるイグナシオ。あれだけ緊張していた後だから喜びもひとしおに違いない。

 ふふっ。良かったですわね。


「……ところでイグナシオよ。物は相談なのだが、妻には内緒で今度あのロボットに乗せてもらえんかな? できることなら1機ほど私専用のやつも作ってもらえたりすると更に嬉しいのだが……」


「あなた!!」


「はい!!」


「何をコソコソしゃべっていますの?」


「な、なんでもない。男同士の話だよ」


「あなたばっかり、ずるいですわ! ワタクシだってイグナシオちゃんとおしゃべりしたいのに……」


「イ、イグナシオちゃん??」


 お母様のパワーに圧倒されて、イグナシオが目を見開いて呆気に取られている。

 ああ、ようやく緊張の糸がほぐれてきたところなのに……。


「やっと会えたわね、イグナシオちゃん。貴方が地球でどれだけ辛い思いをしてきたか聞いているわよ。可哀そうに……。地獄に堕ちてからもエトランジュみたいなとんでもないお転婆に目を付けられちゃって、本当に可哀そう……」


 おい。

 それじゃあ、ワタクシが嫌がるイグナシオを無理くり弟にしたみたいじゃありませんの。


「ふふっ。大丈夫ですよ、お母様。ボクはエトランジュお姉様と出会えたおかげで毎日楽しく幸せに暮らしています」


 うんうん、さもありなん。

 さすが我が弟。あとで頭を100回なでなでしてあげよう。


「んまっ! 健気! もう! 可愛いったらありゃしませんわ!」 


 言うが早いかイグナシオに逃げる隙を与えず、羽交い絞めにするお母様。

 あ、違うか。あれはイグナシオを抱き締めてあげているのだ。


「お、お母様、苦しい……です……」


「うちには娘しかいないから、息子ができて本当に嬉しいわ」


 うん。その気持ちはよくわかるんですけど、そのまま続けたらせっかくできた息子が窒息死しますわよ、お母様?


「ママって呼んでいいのよ、イグナシオちゃん」


「えっ!? ホント!? ホントにいいの!?」


「ええ」


「ママー!!」


 ギュッとお母様を抱き締め返すイグナシオ。

 地球の孤児だった彼は愛に飢えていた。特に母親の愛情に。渇望してやまかった念願のママと、やっと出会うことができたのだ。今まで辛い思いをしてきた分、思いっきり甘えるといい。


「あのー、僕チンは?」


 名場面をたった一言で台無しにしたのは空気を読まない男、アホーボーンだった。

 イグナシオの金魚のフンとしてくっついている彼は、当然最初からその場にいた。

 ずっと一緒にいたけど、お父様もお母様もガン無視していたのだ。

 そのことからも察してほしいものなのだが……。


「イグナシオは認めよう。だがアホーボーン。お前はダメだ」


「ええ、ダメね。だって可愛くないんですもの」


「そ、そんな~! 僕だって弟なのにぃ~! 何とか言ってよ、イグナシオお兄様~!」


 このやり取り、どこかで見たことがある。

 デジャ・ヴ?

 いや、違う。ジュエルがアホーボーンを糾弾したときと同じシチュエーションなのだ。登場人物が変わっただけで、ほぼそのまんま。

 あのときはイグナシオが必殺の『両手あわせて瞳うるうる』でアホーボーンの無罪放免を勝ち取ったのだった。

 今回も結果は同じだろう。見るまでもない。

 ジュエルにしても、お母様にしても、厳しそうに見えて実のところ温かくて優しい心の持ち主だから。

 お父様?

 言わずもがな。超激甘だ。