エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode105
幕間狂言:有能執事、天国へ。
「ここは……」
美しい白色の石造りの庭園。大理石のように見えるが、使用されている石はもっと純粋な白で初めて見る素材だ。生い茂る草木もエーデルシュタイン王国ではお目にかかったことがないものばかり。色とりどりに咲き誇る花々の名もわからない。
楽園の二文字が真っ先に思い浮かぶ。
もしかすると、ここはエーデルシュタイン王国ではない天上の楽園、すなわち天国か。
「まさかな……」
気を取り直すように眼鏡の位置をくいっと整えようとするが肝心の眼鏡がない。道理で少し景色がぼやけるはずだ。
眼鏡、眼鏡……と。
そこで、ようやくハッとして気づく。
……俺は死んだ。
いや、殺されたのだった。
あの女――
アンジェリーナに。
俺が仕立てた偽りの魔王、聖白竜に追い詰められた第一王子とアンジェリーナが率いる勇者パーティーは計算通り全滅寸前だった。
しかし、あのときアンジェリーナが……。
アンジェリーナのやつが……。
……おかしい。そこから先のことがどうしても思い出せない。
思い出そうとすると、左の胸がズキッと痛んで息ができないほど苦しくなる。
くっ……! どうして思い出せないんだ……?
記憶喪失というやつか。それとも思い出すことを俺の潜在意識が全力で拒否しているのか。
どうやって殺されたのかは思い出せそうにない。
はっきりしているのは、結局俺はお嬢様の冤罪を晴らすことも、仇を討って復讐を果たすこともできなかったという事実だけだ。
なんて情けない……。
しかし……。
もしもここが天国だとしたら……。
お嬢様に会える!!
そう思うと居ても立っても居られなくなり、逸る心を抑えつつも一刻も早く手掛かりを見つけるために駆け出す。
お嬢様!
エトランジュお嬢様!!
「ここは天国よ」
駆け出してからほんの数分で、ここが天国だということが判明した。
教えてくれたのは純白のドレスを着た若い女性たちだった。
よし! よし!!
ここは天国、これでようやくお嬢様に会える!!
普段はあまり感情を表に出さない俺だが、つい柄にもなくガッツポーズをとる。
お嬢様が冤罪でギロチンにかけられるのを何もせずに傍観していた神を決して許すまいと思っていたが、地獄行きは確実だと思っていた俺を天国へと導き、お嬢様と再会できるお膳立てをしてくれたのであれば、少しは神のことを見直してやってもいい。
「うふふ」
「あはは」
天国の住人たちが俺の様子を見て、おかしそうに笑う。
彼女たちは庭園でスイーツと紅茶を楽しんでいた。そこへ俺という闖入者が突然現れたのだ。邪魔をしては悪い。お嬢様の手掛かりだけ聞き出して早々に退散するとしよう。
「こっちにいらっしゃいな、イケメンさん」
「一緒に遊びましょ」
「申し訳ないが人を捜しているんだ。俺にとって何よりも大切な人……。名をエトランジュ・フォン・ローゼンブルクという」
「ふーん。エトランジュ、エトランジュ……と」
女性の一人が小さい板状の何かを取り出したかと思うと、何やらそれを使ってお嬢様を捜そうと試みているようだ。
あれは何だ? あの板切れひとつでお嬢様の在否がわかるというのか。天国にはそんな便利な魔法の道具が存在するのか。素晴らしい。
「んー、エトランジュ・フォン・ローゼンブルクという人物は、この天国にはいないわね」
だが、結果は素晴らしくなかった。
なんだと?
そんな馬鹿な!
思わず女を睨みつけそうになるが、彼女に罪はない。
気を取り直して、できるだけ冷静を装い、優しく声をかける。
「エトランジュお嬢様がいないなんて、そんなはずはない。すまないが、もう一度調べてもらえないだろうか」
「んー、そんなこと言われてもねぇ。見つからないものは見つからないし」
「見つからないってことは、天国にはいないんじゃないの?」
「もしかして、地獄にいるんじゃない?」
「あははは。やだー、もう」
このクソ女ども……!
何がそんなにおかしいのだ?
こっちは真剣にお嬢様の行方を捜しているというのに。
「お嬢様が地獄にいるだなんて、そんなわけがあってたまるか! お嬢様はな……! エトランジュお嬢様はな……!!」
さあ、心して聞くがいい。
それから数十分。俺はこの頭の悪そうな女どもに、いかにエトランジュお嬢様が気品に溢れ、心優しく、知性武勇に秀でた純度100%のご令嬢であることをこんこんと言い聞かせてやった。
「だから、お嬢様が地獄行きなんてことはありえない! ましてや地獄の刑罰を受けているなど想像するだけで胸が張り裂けそうになる……! 生前あれほど苦しまれたお嬢様に対してそんな仕打ちが許されるなら……俺は神を許さん!!」
ふう。言ってやったぞ。
どうだ? お嬢様の偉大さがわかったか、クソ女どもめ。
だが、女どもの様子がおかしい。
先程までの不快な笑みは消え、冷たい虚ろな目でこちらを見ている。
ざわっ。
ざわわっ。
「偉大なる神に対して暴言を吐きましたね」
「神への冒涜は赦しません」
「赦しません」
「赦しません」
「赦しません」
「赦しません」
「赦しません」
「赦しません」
「赦しません」
さっきまでは俺たちしかいなかったはずの庭園に無機質な表情の男女が続々と湧いて出てくる。
「赦しません」
「赦しません」
「赦しません」
「赦しません」
「赦しません」
「赦しません」
「赦しません」
「赦しません」
「赦しません」
「赦しません」
背中につぅと冷たい汗が伝うのがわかった。