エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode108
悪役令嬢、人間世界に未練なし。
専属メイドのスイーティアに身支度を整えるのを手伝ってもらっている間も、天国における今後の作戦行動について熟考するのに頭はフル回転中だ。
常在戦場、常在死身、魔王とは死ぬことと見つけたり。これぞ魔王の心得なり。
髪は整えた。あとは軽くお化粧するだけ。
お化粧は必要最小限にとどめる。塗りたくってこねくり回して原形をとどめないような、具体的には我が叔母のような厚化粧は自分のありのままの姿を偽るみたいで好きになれないし、第一お肌にも悪い。それでも髪を整えるのとお化粧をするのには、それなりの時間を要するものなのだ。
乙女の身支度はとかく時間がかかる。そこのところ紳士諸君にはご理解いただきたいし、淑女諸君には共感いただけると信じたい。
たとえ戦場でもオシャレは欠かさない。これもまた魔王の心得なり。
「お嬢様。神様と交渉してジュエルさんを生き返らせてもらうっておっしゃっていましたよね?」
専属メイドのスイーティアが確認するように問うてくる。
言った。あのちょっとお小言が多いけれど、清廉潔白で忠義に厚いジュエルが死ぬなんておかしいし、神の采配に誤りがあったわけだから交渉して間違いを正すのは至極当然のことだから、そう言ったのだ。
「ええ。何が何でも絶対に、力ずくでも生き返らせてもらいますわ」
神と言えば「全知全能」「天地創造」のキャッチフレーズでおなじみの、世界各地で数多の信者を獲得している超越者。ならばジュエルの一人や二人生き返らせることなどお茶の子さいさい、造作もないはずだ。
闇魔法ネクロマンティアで蘇らせるという手もあるにはあるのだが、あれには肉体が必要だということと、朽ち果てた肉体に使用すれば腐敗臭漂う動く死体(リビング・デッド)が出来上がってしまうという難点がある。せっかく生き返ってもゾンビというのはジュエルが可哀そうだから、この案は却下。
「はい、お嬢様なら必ずや心願成就なさり、ジュエルさんを生き返らせることでしょう。私が申し上げたいのは、ジュエルさんを生き返らせるのなら、お嬢様も一緒に生き返ればよろしいのではないですか、ということです」
……………………え?
ワタクシが生き返る?
その発想はなかった。
まるで考えていなかったので、一瞬戸惑ってしまう。
なるほど、ワタクシも生き返る。そういう考え方もあるのか。
でも――
「それを言うならスイーティア。貴方も一緒に生き返ればよろしいのではなくて?」
「……………………え? 私が生き返る?」
スイーティアはスイーティアで、自分も一緒に生き返るという発想はまったくなかったようだ。
ワタクシは現在飛行中の猫型移動要塞マカロンのブリッジにある艦長席に座っていて、周囲では仲間たちが各自の業務に従事している。その仲間たちは先刻からワタクシたちの会話に耳を傾けているようで、自分のことよりワタクシのことを最優先に考えるスイーティアを微笑ましそうに見守っている。
敵地上空を飛ぶ中、緊張感が和らぎ、ほっこりした空気が流れる。これも間違いなくスイーティアの才能の一つだ。
「生き返る、か……」
地獄に堕ちて以来、それなりの月日が経過するが、ただの一度も生き返りたいと思ったことはなかった。それは地獄が思いのほか過ごしやすく、ワタクシにとってはむしろ天国のような場所だったからだ。
柔軟な発想と闇魔法で大抵のことは解決できたし、ネコタローとスイーティアとも再会できたし、ワタクシを慕ってくれる仲間たちも次々と増えていった。
地獄は、伝統と格式とルールでがんじがらめの人間世界とは比較にならない自由をワタクシに与えてくれた。地獄と人間世界を比べるとすれば、月とスッポン、天地雲泥の大差で地獄の圧勝だ。
そんな人間世界に生き返って戻りたいかと問われれば……。
うーん。正直、まったく興味ない。
「ワタクシは生き返ることに興味ありませんけれど、もしスイーティアが生き返りたいと言うのなら全力で支援いたしますわよ? それこそ神の首を絞めてでも実現させてみせますわ」
「ははは……。お嬢様ならやるでしょうね」
うむ。スイーティアのワタクシへの信頼は今日も揺るぎないようだ。
「でも、お嬢様が生き返らないのでしたら、私も今のままがいいです。お嬢様がいるところが私の居場所ですから」
可愛いことを言ってくれる。
ワタクシが殿方だったら、ただちに今すぐプロポーズしているところだ。
「それに……。お嬢様だって私だけが生き返って、私のスイーツが食べられなくなるとお困りでしょ?」
ちょっと悪戯っぽく微笑むスイーティア。この小悪魔め。
だが、その通りだ。
プロポーズうんぬんはともかくとして、すでにワタクシはスイーティアなしでは生きられない(死んでるけど)身体になっている。スイーティアなしの未来なんて考えられない。
もしも彼女のご両親にお会いする機会があればワタクシはこう申し上げるだろう。
「お嬢さんをワタクシにください」と――
そして、魔王エトランジュ・フォン・ローゼンブルクの名に懸けて誓うのだ。
「お嬢さんを必ず幸せにしてみせます」と――