エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode101
悪役令嬢、神への反逆の狼煙を上げる。
「ワタクシの幼馴染であり執事のジュエルを取り戻すため、天国へ乗り込みます」
謁見の間に急遽集まった我が地獄の軍団の仲間たちは、ワタクシの宣言を耳にしてポカンと口を開けたまま固まった。
しかし、ワタクシの度重なる無茶ぶりで鍛えられている彼らは数分間フリーズしたのち、「やれやれ」「また無茶苦茶言っているぞ」「でもまあ、いつものことだし」とつぶやきながら、おのおの自分なりに自分を納得させて頭を切り替え、持ち場へ戻るのであった。
新体制になったばかりの地獄において、いきなり魔王不在という事態。
一応、地獄の魔王という職責を預かる身として、自分のわがままを通させてもらう以上、仲間たちを巻き込んで再び地獄を機能不全に陥らせるわけにはいかない。
今回は単身戦いを臨むことに……
いや、それは無理だ。
スイーティアだけは何が何でも連れていく。彼女のスイーツが食べられないと、半日ともたずにワタクシはたちまち干からびて灰燼と帰してしまう。
ワタクシとスイーティアが抜けても、他の仲間たちさえいてくれれば地獄の運営が滞ることはないだろう。機能不全を起こしていただけで思いのほか地獄の人材は豊富だった。魔王たるワタクシが適切な方針と明確な指示さえ出しておけば、まったく問題ナッシング。
というわけで、来たるべき神との戦いの準備に専念するとしよう。
そう自分に言い聞かせていそいそと向かったのは我が弟イグナシオが管理する整備工場だった。
「進捗はどうかしら?」
「うん。とても順調だよ、お姉様。魔王城のスタッフはみんな腕利きぞろいだ。彼らの魔法技術をうまく取り込めたから今日中には完成すると思うよ」
「それは重畳」
神との戦いに備えてイグナシオには移動要塞マカロンの改造を依頼しておいた。
具体的に何を依頼したのかというと、重火器の強化でも装甲の強化でもなく、見た目の強化だ。
ムチ打ち地獄でゲットした移動要塞に『マカロン』という愛称を付けて愛用してきたのだが、一つだけ喉に引っかかった魚の小骨のように気になっていたことがある。それは移動要塞マカロンの最大の弱点、すなわち可愛くないということだ。
もともと地獄の悪魔たちが夜露死苦な感じで乗り回していた改造車両であるため、見た目が大変ごつくて、大層いかついのだ。可愛さの欠片もない。そのことがずっとずっとずっと気になっていた。
それゆえこうしてこのたび見た目の強化に乗り出したというわけだ。
今までは地獄限定で乗り回していただけだからまだよかったのだが、天国へお出かけするならそうはいかない。可愛くてオシャレにしないと天国の住人たちに侮られてしまう。社交界において貴婦人やご令嬢たちがドレスを着飾るのと同じ理屈で、戦いはそこから始まっているのだから。
天国の住人たちには、ドレスアップした新生マカロンの可愛さをまざまざと見せつけて、魔王エトランジュ・フォン・ローゼンブルクここにあり、ということをしかと記憶に刻んで差し上げよう。
イグナシオが集めたスタッフたちの努力のおかげで、外観はほぼ予定通りに仕上がりつつある。
黒光りするボディ。上手にディフォルメされた愛くるしい黒猫を象ったフェイス。ずんぐりむっくりした愛嬌のあるフォルム。かねてから夢想していた「可愛い黒猫のネコタローをイメージした猫型移動要塞マカロン」を前にして、うっとりする。
「完璧ですわね。これでいつでも今は亡きネコタローを偲ぶことができますわ」
「俺は死んでいないぞ、エトランジュよ」
足元で不平を鳴らしたのは、当のご本人のネコタローだ。
「あら。だって、ワタクシの中で普通の黒猫だったときのネコタローがもう戻ってこないのは事実でしょ?」
「そ、それはまあ、そうなのだが……」
見た目は同じでも、中身が地獄の先々代魔王ギルティアスだったとわかった以上、抱っこしたり、一緒に寝たり、ましてやキッスをするなんて、もう無理。
けれども、しょぼくれるネコタローを見ていると、胸がチクリと痛む。
もう少し昔のように優しく接してあげたほうがいいかもしれない。
そっとネコタローを抱きかかえて、頭をなでてやる。
「エトランジュ……!」
ネコタローの表情がパアァッと明るく変わる。
「ワタクシも言い過ぎましたわね。これから新しい関係を築いていきましょ。ね? ネコタロー」
「うん……! うん、それがいい! そうしよう!」
何度も頷くネコタローは大粒の涙をいくつも流している。そんな大げさな。
翌日。
移動要塞マカロンのドレスアップが完了したとの知らせを受け、ただちに天国へ向かうべく、ワタクシは謁見の間に我が地獄の軍団の仲間たちを招集した。
「それではワタクシは天国へ乗り込みます。留守の間のこと、よろしく頼みますわね」
不在中のことをみんなに託すつもりで話したつもりなのだが、なぜだか全員が全員きょとんとした顔をしている。
お互いに顔を見合わせながら戸惑う仲間たちを玉座から眺めていると、おずおずとアホーボーンが挙手する。
「あの、お姉様? もしかして、一人で天国へ行くつもりなの?」
「ええ、専属メイドのスイーティアだけは同行してもらいますけど、みんなには地獄に残ってそれぞれの役割を継続してもらうつもりですわよ」
「それはないぞ、エトランジュ! 俺たちを残してスイーティアと二人だけで天国へ乗り込むなんて無謀にも程がある! どうか俺たちも連れて行ってくれ!!」
足元で反論の声を上げるネコタローに、みんな賛意を示すようにうんうんと頷く。その真っ直ぐな瞳からは強い意志を感じる。全員一緒に行く気満々だ。
「けど……貴方たちまでいなくなったら、また地獄が機能不全になってしまうのではありませんこと?」
「大丈夫よ。魔王になってもエトランジュちゃんが大人しくしているはずがもの。いつ出動がかかってもいいように準備してきたわよ。ねえ、みんな?」
我が地獄の軍団の中でもお姉さん役のケルが仲間たちに確認するように問いかける。
その問いかけに「もちろん」「準備は万全なのであります」「完璧なのでスー」と口々に答える。
「ね? この通り、こんなこともあろうとかと、ちゃんと部下たちを鍛えておいたのよ。……まあ、予想以上にこんなことになるのは早かったけどね」
準備万端整えてきた仲間たちの顔は誇らしげで、その瞳はすでに天国での戦いを見据えているようだ。
「……ありがとう。貴方たちがいてくれれば百人力の百万馬力。神でも天使でもどんとこいってもんですわ」
現魔王のワタクシ、先代魔王のアホーボーン、先々代魔王ギルティアス(ネコタロー)を擁する我が地獄の軍団は前では、たとえ全知全能の神といえ、たとえ森羅万象を司る神とはいえ恐るるに足らず。
「正義は我にあり。ジュエルを取り戻すため、いざ天国へ。抵抗するようなら天国を地獄の焦土と化してやりますわよ。おほほほほほ」
こうしてワタクシと我が地獄の軍団は、神への反逆の狼煙を上げたのであった。