キマイラ文庫

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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode137

悪役令嬢、愛の強さを信じる。

「ぬはははははは! ジュエルバトラーよ! お前はそこの生意気な小娘を愛しているのだろう!? その柔肌に触れたいと何度思ったか! その唇を奪いたいと幾たび夢想したことか! ワシはすべてお見通しだぞ!! だがな! お前に施した洗脳は特別製のものだ!! どれだけ小娘を愛していようとも! どれほど抵抗しても無駄無駄無駄ァァァ! お前はワシの操り人形として愛する女の首を切り落とすしかないのだ! ぬはははははは!!」


 勝利を確信し、汚い唾を吐き散らしながら、下品な騒音をまき散らすゴキゼブブ。

 早くその口を永久に塞いでしまいたい。

 どうやら仲間たちも同意見らしく、今まで見たこともないような形相でゴキゼブブをにらみつけ、殺気を隠そうともしない。

 握り締めた拳から血を流しているクック。

 両の爪を刃のように突き立てて今にも飛びかかりそうなケロ。

 怒りで沸騰しそうな頭を右手で抑えながら必死で冷静さを取り戻そうとしているエリト。

 みんな気持ちは同じようだ。


「おおっと! 妙な気を起こすんじゃないぞ!? 誰か一人でも動いたら、その執事が二度と正気を取り戻せぬようにしてやるからな!!」


「結構ですわ。誰も一歩も動きませんわよ」


「ほほう、観念したか。さすがは地獄の魔王になった人間だ。潔さだけは褒めてやろう」


「あら? 何か誤解をなさっているようですわね。ワタクシが一歩も動かないと言ったのは、ジュエルを全面的に信頼してのこと。特別製の洗脳がどうのこうのと勝ち誇っていたようですけれど、所詮はGの親玉の小細工。そんなもの、ジュエルなら必ずはね返してくれますわ」


「ぬはははははは! わかっとらんようだなぁ!? ワシの特別製の洗脳の威力は、命令の実行率120%! 殺せと命令すれば殺し過ぎてオーバーキルしてしまうほど強力なものなのだ! 人間の執事ごときにはね返せるものか!!」


「ジュエルは我がローゼンブルク家の執事で、ワタクシの幼馴染ですのよ。そのくらい簡単にやってのけましてよ。ねえ、ジュエル?」


「ぬぬぬぬぬぬ! このわからんちんめが!! いいだろう! そこまで言うのならやってやろうではないか! ジュエルバトラーよ! その小娘の喉を切り裂いてしまえぃっ!!」


 しかし、ナイフを持ったジュエルの手が先程よりも激しくぷるぷる震えるだけで、ワタクシの喉には近づいてこない。

 いや、むしろわずかに遠ざかっているように見える。


「なっ!!?」


 驚いたのはゴキゼブブだ。

 洗脳後の命令実行率が120%と揺るぎない自信を持っていたわけだから無理もない。

 この男は知らないのだ。

 人間の強さを。愛の強さを。


「ええいっ! 仕方ない! では、その小娘も洗脳してやるから、こちらへ連れてこい!! それならいいだろう!? ジュエルバトラーよ! お前は小娘をそれほどまでに愛しているのだ! 自分のものにしたいと思っているのだろう!? いつか結ばれたいと願っていたのだろう!? その願い、ワシが叶えてやる!! だから、こちらへ連れてくるのだ!!」


「ふ……」


 耳元でジュエルの荒い息が吹きかかる。

 背中にはジュエルの激しい鼓動が響いてくる。


「ふ……ふざけるな……!!」


「んなぁっ!!? なぜ、しゃべれる!?!? お前の意識は洗脳で奪ったというのに!!」


「俺は……確かに、お嬢様を……愛している……。だがな……。それは……貴様が想像しているような、安っぽい愛じゃない……。男と……女の愛を……超えた……崇高にして……究極の……愛なのだ……!!」


「な、な、何をたわ言を……! まったくわからん!! まったく理解できぬぞ!! ワシの洗脳が通用せぬなどと……そんな馬鹿なことがあってたまるか!!」


「人間の……愛の力を見くびりすぎましたわね。それが貴方の敗因でしてよ」


 ジュエルの愛はチョッピリが重すぎる気がしないでもないけれど、おかげでジュエルは洗脳を乗り越え、ワタクシは人生二度目の断頭の危機を逃れることができた。


「さて。ここまでやってくれたのですから、覚悟はよろしいですわね?」


「え? か、覚悟って……?」


「我が地獄の軍団の怒りを一身に引き受ける覚悟があるから、これだけのことをしでかしてくださったわけですわよね? 袋叩きのタコ殴りのフルボッコにされようが当然文句はございませんわよね?」


 ワタクシの合図を待つまでもなく、じりじりとゆっくりゴキゼブブを取り囲み、距離を縮めていく仲間たち。


「ひぃっ! や、やめろ!! 全員でワシ一人を攻撃するなんて、卑怯だぞ!!」


「卑怯? あら、嫌ですわ。どの口がほざいているのかしら。目には目を、歯には歯を、卑怯には卑怯を。自業自得でしてよ。あ、もちろん等価ではなく100倍返しさせていただきますけれど。おほほほほほほほ」


「く、くそぉぉ! …………あ! お前の首筋に我が眷属が!!」


 眷属?

 ということは……G!?!?!?


「きゃあっ!!」


「隙あり!!」


 ワタクシが一瞬ひるんだ隙を突いて、Gならではの驚異のダッシュ力とスピードで包囲網をかいくぐるゴキゼブブ。

 そして、祭壇のあるこの中央部の更に奥へと黒光りする羽をブブブブブと鳴らしながら飛んで逃げていく。


「か、神様~~~!! お助けを~~~!!!!」


「ご主人様、すぐに追撃しますか?」


 総参謀長のエリトが尋ねてくるが、一応役目として確認しただけで、考えはワタクシと同じだろう。


「あの男がどこへ逃げたかはわかっていますわ。ここは慌てずに最大戦力で完膚なきまでに叩きのめして差し上げる準備をしてちょうだい」


「ははっ!!」


 方針が確定すると、エリトはてきぱきと最初から計画していたように的確に同僚たちに指示を送っていく。


「お嬢様……」


 疲労困憊のジュエルが、侍従長のヒッヒの肩を借りて話しかけてくる。

 話すのもやっとという様子だ。

 洗脳をはね返すのに相当な体力と精神力を使ったのだろう。


「ジュエル。何も言わなくても大丈夫ですわよ。今はゆっくりおやすみなさい」


「…………はい。わかりました、お嬢様」


 それ以上は何も言わずに踵を返すジュエル。

 本当はもっと言いたいこと、伝えたい想いがあったことだろう。

 それはわかっている。

 ジュエルにしても、ワタクシがジュエルの気持ちを全部わかっていることは理解しているはずだ。それでも自分の言葉で直接伝えたくて、わざわざヒッヒに肩を貸してもらってまで話しかけに来たのだ。

 けれども、ワタクシの表情を見て、今はそのときではないと察してくれたのだ。


 ワタクシの表情……?

 それは嫁入り前の花の乙女としては問題のある、とても両親には見せられない世にも恐ろしい邪悪な笑顔に決まっている。

 だって、これだけのことをしでかしてくれたのですもの。

 神にはきっちりと償いを受けてもらわないと、ね。

 フッフッフッ……。

 ハァ~ッハッハッハッハッハッ!!